心配させることが得意な夫は、いつでもマイペースで自分勝手で、欠点など言い繕えぬほどある男だが、それでもハウルが優しいことも、性格も歪んでいながらどこか間の抜けていたりするせいでお金も取らずに魔法を奉仕していたりする。
そんな変な自惚れ夫だけれど、ソフィーはとても、該当する表現など不思議と見当たらないほどで、………それでなくても私達は遥か昔から目には見えぬ時流の糸で結ばれていたのだ。
運命という言葉はあまり良くは思わないけれど、小さなハウルと時を越えて出会えた偶然を運命と呼ぶのならば、運命もいいのかもしれない。
心から素直にそう思える今の自分が、ソフィーはとても好きだ。






結 - 2





「ソフィー!」
カルシファーは椅子から床へと傾いでいくソフィーに叫ぶと、ばっと暖炉から飛び出し、火の形のままあたふたと飛び回る。
重力に導かれるまま床へと倒れこんだ衝突音は、成人女性が完全に脱力してのもので、凄まじい音を響かせた。
二階で何事かと跳ね起きる音が聞こえ、やがてバタバタとマルクルが夜着のまま転がるように階段を駆け下りてくる。
「どうしたの!」
カルシファーがざっとマルクルに寄って異常を訴える。
「マルクル!ソフィーが!」
「え…?」
丁度テーブルが影になりようやく朝日が昇り始めたとはいえまだ薄暗いの室内は目視しにくい。
マルクルがカルシファーの灯りを頼りに倒されたままの椅子傍へと重い足取りで近寄っていくと、みるみる顔色が青ざめていく。
「ソフィー!!!」
マルクルは膝をついてしゃがみこみ小さな手で必死のソフィーを肩を揺さぶるも、返って来るのははあはあと苦しげな息遣いばかりで、反応は痛々しい。
次第に衣服越しに発散される信号にマルクルは目を瞠った。
「熱がある!」





カルシファーの魔力により宙に浮遊するソフィーはそのまま部屋のベッドへと横たえられる。
ガス灯を傍でよくよく灯してみて初めて分かったが、頬も首も赤く染まり、額から汗が滲んでいる。
「ソフィー、頑張って」
声をかけながら濡らしたタオルをおでこにのせると、手持ち無沙汰なマルクルは混乱したまま室内をぐるぐると歩き回っている。
カルシファーは落ち着けよ、と口を挟みたくなったが、事情を知らぬマルクルに言い募っても根本原因に思い当たらない少年と相談することもできない。反抗されるだけの無為な行為だろう。
と、すれば他を当たるより仕方ない。
朝日が高度を増し、ようやく早朝から早が抜けたことをクラシカルな時計が告げている時刻だ。
マルクルに不在を悟られぬようそっと部屋から抜け出し、荒地の魔女の部屋へと一声かけて無事足を踏み入れると待っていたようにハウルからの差し入れのシガーをぷうと吹かせている。
魔力の剥奪により100歳を越えた高齢まで一気に老け込んだ魔女ではあるが、こうして魔力を吸引すればかつてまでとはいかずとも覇気は多少なりとも取り戻されるようで、瞳は見越したように笑っている。
「ハウルの魔力が途切れたね」
「オイラも感じた。朝になるまではちゃんと続いてたのに…いきなりブチンだ!」
煙が円を描いて天井へと羽ばたいていく。陽光が透かした灰色は白へ衣替えするように見える。
悲哀を過ぎらせた瞳を荒地の魔女は溜息と共に逃した。
惜しむでもなく、すぐにカルシファーに目を合わせる。
「そう。唐突にだね。お陰で真っ暗なうちから目も覚めちまったよ」
「昨日から心配に張り詰めたソフィーは人形みてえに倒れちまうし。あんたも分かっただろう?」
「あたしゃ上手く足がたたないからね。それに」
「マルクルを代わりに行かせた、だろ?ずりぃや」
言するまでもないと魔女は以前とはまるで違う澄んだ微笑みを浮かべる。
カルシファーは不貞腐れてそっぽを向いた。
「で、肝心のハウルは―――――どうなったんだろうねえ」
「消える前一瞬だけど、サリマンと魔力が被った気がしたけど、あんたは?」
一つ頷いて肯定した彼女に、カルシファーは陰鬱な面持ちで目を右往左往させて口を告ぐんだ。
流れる雰囲気は重く、導き出される答えは最悪の事態を想像せざる得ない。
「まあ。でも、経験から言って―――――………」
唇を尖らせて最後の一服に別れの挨拶を終えると、荒地の魔女はシガーを窓際に擦りつけて火をすり潰した。
残痕の煤は木目に黒ずみを残し、名残惜しげに煙は細長く垂れ下がっている。
窓が拒みきれなかった風が外へと匂いと白濁を連れ立っていく。

「ソフィー!大丈夫!!」
マイケルの明るい声が反響した。カルシファーは不在を知られぬ間にと矢のように引き戻っていく。
先ほどまでの空気が嘘のように冷やされていき、カルちゃんはやっぱり暖房効果あるねえとぶるりと肩を震わせて、途端に騒がしくなった光景を思い描きながら、唐突に静かに呟いた。



「……………これで良かったのかい?色男の坊や」
「ご迷惑、おかけしました。マダム」
美声が薔薇の花びらと共に雨のように降り注ぎ、荒地の魔女は一昔前の自分を省みて僅かな理性の中でふんと忌々しそうに鼻を鳴らした。
「あんたは色んな意味で女を転がす天才だよ。でもあの娘を泣かすのはいただけないねえ」






next