結 -1




「ソフィー、これはもう並べていいの?」
「いいわよ。あ、それはマルクルの分ね」
マルクルがこんがりといい具合に焼けたベーコンを盛られた皿を采配しながら、ソフィーはカルシファーの火にフライパンをかけて焼いていく。芳ばしさが香り立つテーブル周りには荒地の魔女が「いい匂いだねえ」とシガーを吹かせながら頬杖つき、カルシファーが話し相手となっている。
自由となったカルシファーがわざわざ暖炉に居座る理由もなくなったのだが、もはや動く城においても皆においても指定席化されているようで、なんとなく定位置として収まっているのだった。
気分のいいときはマルクルでもたまに火を使用させてくれるのだが、常時可能となっているのはかなりの年月肩を並べて共にしてきたハウルと、もはや城の母親的存在でありカルシファーお気に入りのソフィーだけである。

サリマンの手により戦禍は縮小されつつあるが、いくら強大な力を行使したとて時間はかかる。
利害など関係なく、戦争事態を嫌うハウルは今も鳥となり昨夜から遠方まで戦いに出ている。
マルクルにはハウルの先生の所に呼び出されているのよと誤魔化してはいるが、
魔力を失ったとはいえ、聡明な荒地の魔女と最近まで一心同体であったカルシファーには口に出さずとも知れていることだろう。
ソフィーは飛び立っていくハウルを見送ったので、言わずもがなではあるが、内心心配でたまらない。
傷ついたハウルの姿を、もう見たくはないけれど、彼がそっとキスを落として離れていく優しくて臆病な人の背を止めることもできない。
「もう少しだから。もう少しで戦争が終わるんだ」
その手助けをしたいんだよ、と見送りに出た言葉を堪えるソフィーに言った彼は、やはりどこか怯えていた。
ハウルも同じように、いやもっと恐ろしいのだ。
だからソフィーは雨粒のように投下される爆弾も、もう家族とは会えないのかもしれないと喪失を畏怖するハウルを、 せめて笑顔で迎えられるように城に居ることが、自分の役目なのだと言い聞かせている。
あと少し、あと少し。
チェザーリのお店も店舗に多少被害を被ったらしいが、今ではかつてのように復興し、街も相変わらず兵士が多いとはいうものの―――かつての賑わいを取り戻し始めている。

「ハウルさん最近でかけることが多いね」
食卓を囲んで夕飯をとっているとマルクルが軽くソフィーが今の今まで考え込んでいたことを口にしたので、少しぎょっとしたソフィーだったが、努めて笑顔で食事を続ける。
「マダムサリマンの所じゃない?きっと先生と和解できたことが嬉しいのよ」
「でも、王室付きの魔法使いなんだよ?大丈夫なのかな…」
「それは、多分大丈夫よ」
確かにあてもないことを言ったが、あながち確執は収束したといっても差し支えないのではないだろうか。
原因のタネであった戦争やカルシファーの契約も破棄されたことであるし、対立の構図を組み立てるには少し強引に思える。
おばあちゃんにソフィーがぼんやりとスプーンを運んでいると、それまで静かに咀嚼していた荒地の魔女が、小声で言った。マルクルは気付いた様子はなく、目玉焼きに食いついている。
「ハウルは大丈夫よ」
「え?」
かつての面影を覗かせる凄みのある笑みで、安心おしと肩を叩く。
「カルちゃん、感じるでしょう?」
目配せすると、ごうと火を大きくして肯定をアピールした。
二人はソフィーを穏やかに照らすと、マイケルは視線がソフィーに集中した訳も分からないので、首をきょろきょろしている。
「うん…………」
私には家族がいる。一人じゃないんだわ。
涙腺が緩んでくるのを感じて、そっと濡れてくる目じりに指を押し当てる。
今日が初めてではないというのに、今日だけはなぜか胸騒ぎがしていたのだが、きっと気のせいだ。
ソフィーは自身に大丈夫よと言い聞かせるように何度も何度も巡らせた。

しかしまるで滾るような不安が的を射たかのようにその晩、夜半を回っても外から扉が開くことはなく、 テーブルに手枕をかけて冷えた朝を迎えたソフィーは、カルシファーが言葉を濁して告げる言葉を不安な面持ちで迎合した。
「ハウルの魔力を、感じなくなったんだ」
急速に鈍くなっていく時がソフィーの喉を、酸素という酸素を強奪していくように息が速くなり、視界が白濁する。





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