「ハウエルくんー」
少女の独特の媚びが窺える甘ったるい声が魔法学園の裏庭に響いた。
自然溢れる緑林が適度に伐採され、優美な造形が囲う庭園の丁度中央部分に相当する噴水べりに腰掛けたハウエルはペンを唇にとんとんと当てつつ顔をあげる。
「なに?」
「ペンステモン先生が呼んでたの!すぐに来てって!」
「げっ」
広げていた魔法書をペンを読んでいたページに挟み込んでぱたんと閉じると鼻につく埃が宙に舞う。気管に毒らしく咳き込むハウエル。
「やだぁ、だいじょうぶ?」
さりげなく後方に回って少女が背を擦ると、ハウエルは耳辺りでまっすぐにカットされた黒髪の中に緑石の瞳を垣間見せて
「ありがとう。心配してくれて」
優しい微笑で空いたままの少女の片手を握り締める。
美少年の気まぐれと趣味にかあと顔を赤くして反応した彼女は、口の中で何かを呟くと、そのまま頭を軽く下げて走りさってしまった。
しばらく笑みをはえたまま少女の揺れる背中を見送ると、腰を上げて制服である裾に金糸の一ラインが縁取られた半ズボンをはたいて砂を払う。
「ザンネンザンネン!」
ハウエルは嘆息すると、今度は女性をさらに深みに落とすにはもうちょっと引いてから押したほうがいいなと一つ教訓を学んだ。
ペンステモン先生からの呼び出し、もとい課題を受け取ってから、ほどよい微風を運ぶアーチ状の壁沿い廊下を歩いていると美形の青年がはっはっはと笑いながら駆け寄ってくる。
「ハウエル〜どうだった?」
「それが上手くいきませんでした。ダニエル先生にまで達するにはまだまだですね」
ダニエル先生、と呼ばれた美形の青年ふふんと細身の眼鏡を押し上げ、ゆるいパーマがかった肩ほどまでのアッシュブロンドをかきあげる。
「そうかー。私の出した極秘の課題はこれではいつになることやら」
「ダニエル先生はどうなんですか?『女性をどう口説き落とすのがベストなのか』なんて個人的論文は」
「ノンノン!それを言ってしまったら面白くないだろうに!…まあ、研究中としか明かせないな。君も将来有望そうだから是非後釜として引き継いでもらいたいものだ!」
「いえなんていうか…先生が初め無理やり僕を巻き込んだことすら忘れそうなくらい面白いですよ」
「君は間がいいんだか悪いんだか分からないな。けれど結果的には…?」
「良かったんですかね」
「オフコース!」
びしりと親指をつき立て、ハウエルも白い歯を見せて同じ仕草をとった。底の底まで心が通いあう美形教師と美形生徒は、向かい合って共有する美観を賞賛しあう。
「女性は美しいですね。僕、なんだか段々先生のおっしゃることが分かってきました」
「そうだろうそうだろう!」
うんうんと神妙に頷くダニエルは、神父のような襟詰ながらも色は心を表すように漆黒、の長い服裾を翻らせた。
さながら光景は美しい彫像が二対向き合い、さも麗しい気な会話が展開されているに違いと通りすがる生徒たちは(主に女子生徒)ほうっと熱っぽい溜息をついて熱視線を投げかけていく。それすらも知り尽くした二人は確信犯的に内容に伴わずとにかく最も自身が美しく見えるだろう顔の角度、俯き具合、発声で会話を続けている。
嬉々としてダニエルは大仰に腕を広げ、大空を仰いだ。
「君なら第二の俺になれること間違いなしだ!」
「第二の…?」ダニエルは首肯代わりに金目を瞬かせる。
「ハウエル。俺の通り名を知っているか?」
「さあ。僕はあまりそんな話聞いたことありませんけど」
「そうか、ではおぼえておきたまえ」
細身の眼鏡を整った鼻梁に意味ありげに押し付けて、やや間を持ちもったいぶって答えた。

「マダムキラーのダニエルさ」







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