「あ」
ハウエルは魔法書を小脇に抱え扉を開いた恰好で小さく声を上げたなり不自然に瞠目したまま立ち尽くしていた。
「……もしかしてー…みちった?」
ダニエルががしがしと煙草を甘噛みながら呟いた不鮮明な言葉を聞き届けることなく、ハウエルの横を疾風のようにびゅんと女性が駆け去っていった。
朝光に透けるアッシュブロンドは長く、床にさながら女神の如く広げられた髪は緩やかな波は光沢も相まって絹糸とまごうほど。
「先生。もしかして…昨日から泊まってたの?」
「うわ!直球だね!」
ハウルが黒髪と緑石をぱちぱちと瞬かせるのを、ダニエルは床に転がった細身の眼鏡をくるくる回しながら笑う。
襟元の締まった腰までの長丈、黒の衣服は首元から腹まで全開に開け放たれ、健康的な肌色を惜しげもなく晒している。
「君、12歳だっけ?」
「10歳です」
「へえ、10歳…」
思考を咀嚼して、煙を噴かせる。
その年じゃあこの状況を正確に読み取るにはよほどのマセたクソ餓鬼でもなけりゃ困難ではあるだろうし、実際この生徒は何も分かっていなさそうな面で首を傾げている。
口封じのまじないをかけるのも面倒だし、何よりそれをするには今吸っている上手い肴を床にすり潰さなければならない。
ダニエルはじいっと純真そのものの瞳が酷く美しい物であることに、なんともなしに目を向けているうちに段々と気が付いてきたいた。
「お前………ハウル、だっけか」
「ハウエル・ジェンキンスです」ぺこりと軽く会釈してみせるハウエル。ぽっと頬を染める。
ちょっとダニエルはほだされた。なんていうか、可愛らしい。
ショタコン女なら素でも一撃だなと口元をにいっと歪ませ、当人が美しすぎると言される容姿であり――それがあながち過信でもが故に、人生で何万回あった事象の中で度外視していた最も手っ取り早い方法を取ることに、内心で勝手に決定した。

「今日俺とここで会ったこと黙っててくれるなら、いいこと教えてやるよ」
「…いいこと?」
「そう。俺の偉大な論文に関するトップシークレットも、だ」

その後ハウエルが『いいこと』を教授されたのか否かは、また別の話ではあるが。













→続き…あるかも、ないかも。気が向けば。