先に気づいたのがまずかった。もう試合には負けていた。
既に将臣は身動き可能な領域は彼女により決定されていたし、変更させる気も、
無防備な笑顔を見るたびに萎えてしまって、途方にくれたまま自ら袋小路に飛び込んでいた。
悲しいかな、性というものは理性で食い止められるものでもなく、
風船が無限に膨張できぬように、将臣の頭ではどうしようもない部分もまた同様であった。



その後姿は、とてもよく似ていたので、思わず口を開いてしまった。

「の」
「…………………………んん?何?」
我ながら罰の悪い過ちを犯したものだ、しかも性質が悪すぎる――そう、たった一文字を口に
したところで、将臣は己がおこした罪を悟り口をつぐんだ。苦笑いを浮かべ、傍らに寝転がる女にあぐらをかいたまま目を落として、
「なんでもねぇよ」と誤魔化す。
いまだ熱を孕んだままの弾む息を互いに残しているという状況下に、なんという最悪な男だ俺は。
青空の下、屋上からタラップで上がった高台に設置された浄化槽の影により、色濃く染まった、灰のコンクリートに広がる長い茶髪。
乱れに乱れた制服のカッターのボタンはすべてはずされ、白い肌を恥ずかしげもなく空気に曝している。
首のあたりまで無造作に押し上げられたレース地の下着から続くのは、剥き出しの、唾で突起周辺がやたら濡れている淫靡な、形のよい、
世間一般でいう『巨乳』に値するであろう乳房である。
臍までも隠すものは何もなく、申し訳なし程度に大腿部にひっかかる短く切られたスカートは
なんとか秘所を守り通していたが、とりあえず将臣からの視点であったからといえるのかもしれない。
なにせ下着は右足の踵にひっかかっていたし、スカートは尻の半分あたりまでずり下がっているので、
下着を身に着けていないことは一目瞭然である。
必要最低限守られた格好ではあるが、この姿を拝めるものといえばAVくらいしかないだろうなと
将臣は人事のように意地悪い思考を働かせた。実際将臣にとっては、より肉感的な快楽が他者により与えられることを
除けば、AVとそう大差のない感覚は変わらないのだから、意地が悪いどころで済む話ではない。
「んあー。だっるー…ぅ。将臣、なんか今日機嫌悪くない?」
「なんでだよ」
そこそこ美人と評判の女生徒は、将臣にとって一年先輩の高2である。
将臣はいいながら自身を拭ったものを丸めて手元に集める。
情を交わした途端に起き上がって、甘い言葉を吐くでもなく淡々と身支度をする将臣に
更に立腹したのか、彼女は口を尖らせている。
「いつもより手荒かった」
「いつもだってそうだろ俺は」
手っ取り早く始末を終えて、ベルトを締める。次に、はだけたカッターのボタンをとめにかかった。
あっという間にそれも済んでしまい、すっかり何事もなかったかのような制服姿に整う。
女も、自身だけ乱された姿にどこか馬鹿らしさを感じたのか、溜息をついて起き上がり、自身の始末をはじめる。
「さっきいいかけたの、何」
「…なんでもねえよ。いってる途中で忘れちまったし。気にすんな」
「ねえ。将臣さ」
「ん?」
将臣は高校に入学して、もう何人目かになる『彼女』にいつもの笑みを向けた。
ポーカーフェイスの笑顔というのを、無意識だろうが将臣はある特定の人物以外に対しては
気まずくなると向けるくせがあるというのを、幼馴染に指摘されたことを思い出しながら、
ああもう潮時だろうか。と思った。
毎度はずれたことのない予感に、特に感慨も持たずにいると、大きな目をつりあげて
彼女は不満も露に言い放った。
「ぶっちゃけ、あたしのこと、そんなに好きじゃないでしょ?」
予想通りの決まり文句に、笑みを苦笑に変える。
「なんでそう思うんだよ」
「会って、しゃべって、キスして、ヤるけど。それだけじゃない」
下着を身に着けていく彼女の声は、震えている。おそらくは怒りによるものだ。
それ以外に何かあるのかもしれないが、将臣はそこまで考えるのはいつも放棄する。
「それだけのもんじゃねーのか?男女の付き合いってさ」
他になんかあるのかよ、と将臣はとぼけた。そ知らぬふりをしている自覚は十分にあったけれど、
告白、キス、セックスという流れがそれぞれ、男女関係において一応の到達点であると考えるのは、あながち間違いでもない
だろう。多分。
「気持ちよくなかったか?善がってたじゃねえか。散々」
面倒くさそうに髪をかきあげた。実際将臣は、面倒でたまらなかった。
「……でもそれだけじゃん」
何が不満なのか。心情を丸出しにした思いっきり不貞腐れた顔をむけてやると、強張っていた顔が一気に険を深める。
「あたしのこと、好きじゃないでしょ。道具くらいにしか思ってないんじゃない?」
「なんだよ。道具ってさ。道具じゃねーじゃんお前、どうみたって」
茶化しながら、自分の最低さから目をそらすように彼女から目を背け、立ち上がる。
否定も肯定もせず、ただ目を伏せた将臣に、彼女は涙を浮かべて捨て台詞をはいた。
「あんた、ただ迫ってくる女に流されてるだけじゃん!他の女の……代用にしないでよ!!!」
細い腕が、ぶんと空をきるのが視界端にみえたが、微動だにせず弧線を目で追った。
乾いた音が、高らかに天に響く。最低だかなんだかと喚きたてた彼女は、
涙を浮かべて将臣をにらむと、けたたましい音を立ててその場を走り去っていった。
将臣は止めるでもなく、背を見送るでもなく、まるで今しがたの光景は他人事でもあったかのような
態度で、痛みと熱をもつ頬に、手を添える。
「おい、これ痕残るだろ…」
どうすんだよ、と一人心地て給水塔の壁にもたれかかり、空を見上げた。
頬がじんじんと熱を持って痛みを放つ。女と情を交わしたけだるさと、一人耽った後のけだるさとは
そう変わりがないな、やっぱ。
思い至った瞬間、おそらく彼女が感づいていた通りに、彼女への懺悔など表層的なものにすぎないことに思い至り、
自身に失望を覚えた。
恋人の思いをこっぴどく振り回したくせに欲だけはきっちり満たした後に、別れを告げさせるよう仕向けたというのに、
しかし、申し訳なさはたった1秒ほど胸を占領したのみであった。
絵に描いたような最低最悪なだらしない男は、長い髪と、物心つく前から見知った、変わらない、屈託のない笑顔を思い返す。
そして溜息をついた。頬をさすって、顔をしかめた。
真面目に痛みを吟味し、後悔する。心底痛かった。本気で殴られたらしい、口の中には
鉄の味まで広がっている。
「あ〜…いってぇな…」


泣き出した幼馴染は、時に怒髪天を突いた父母よりも恐ろしい存在であった。
そう。ずっと昔から幼馴染で、大事な―――。




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