6.Liebe macht blind.(final)



「あら、ではアスランがお作りに?」
すっかりとほろ酔い気分のラクスが同じく、素面とはいかないアスランが僅かに赤みを頬さした顔でグラスを片手にこくこくと頷いた。
「そうなんだ。俺が初めて、料理なんてしたんだが……あれは難しいな。苦手になりそうだ」
「ホワイトシチューですか?そうですわね…もしかして、アスラン。料理本を見ながら?」
「……そりゃそうだろう。作り方なんて知らないし。ホワイトソースを焦がしてしまって…」
「…アスランが料理本と、にらめっこ………ぷ、あっははは!ふふふふっ!!」
ラクスは何事も秀でるアスランの姿、主にハロを器用に弄りメンテナンスを行う彼の姿をよく見知っているだけに彼が汗を浮かせて顔を渋らせ、唸りながらエプロンをつけ、料理本と格闘する美貌の青年の姿を想像するだけで、おそらく凄まじく似合わぬこと相違なく、腹が捩れる思いであった。
「そ、そんなに笑うことはないだろう…!!」
「あははは、ぷっ!す、すみません…でもあんまり似合わなくて!」
腹を抱えて陽気に笑うラクスに、普段ならば仰天してもおかしくはないのだが若干酔いがあるために、こまで気が回らず、むすりとした仏頂面でワインを喉に流すだけだ。


戦後オーブに亡命し、首相の側近兼護衛としてアスハ邸に厄介になっている身であるアスランであるが、どうも首相官邸に―――――カガリと暮らしを共にすること自体は全く苦ではなく、むしろ喜ばしいことではあるのだが―――――まるで養われている気分がする上に(実質雇い主は首相であるカガリである)、セイラン家の嫌味やナチュラル、コーディネーター双方が比較的自由に共存し生活を営むオーブではあるのだが、だからといって全く差別がない訳ではない。コーディネーターであることでセイラン家のユウナや彼の父には嫌悪感を抱かれていることは扱いからいっても明白であり、また首相であるカガリの傍に突如として宇宙から馳せた彼を信用がおけぬ、政治的な意味合いで後々困る―――――などと言外にカガリの不在時等ではなくあからさまに告げられてはさすがに、彼自身が当てつけとも取れる部分もあるが、首肯できる部分も、それ以上にある現時点では、一歩身を引いた方が適切ではないかとも考え、既に、密かに首相官邸近くに一つ部屋を借りている。
そのために料理など最低限自立して生活できるだけの技能は保持しておきたく、訓練を積んでいるのであった。


ようやく笑いを収め、目じりに滲んだ涙を拭うとなにやら思いついたらしく、一転して険しく、美人であるがゆえに妙に凄みのある怒気をはらんだ表情で頬を膨らませる。
「そういえばーアスラン。カガリさんには、一人暮らしを考えていることはお伝えになっているのですか?」
「え。いや、まだ、なんだ。なかなか機会がなくてな…」
ラクスは嘆息して、グラスにワインを注ぐもそろそろ一本目の底がみえてきておりワインの出が悪いらしく、相乗し機嫌悪気に言う。
「ア、スラン〜?あなたは、そんなのだからいけないんです!うじうじうじしてちゃいけません!」
「う、うじうじ?」
向かい側のソファで膝に肘をついてたじろぐアスランに、ラクスが目を据わらせて立ち上がり、テーブルに激しく手を突いた。
「あなたは基本的に優しくていい人ですし、まあ無口な方ですけれど、昔からそうですが任務以外の決断力に欠けます!カガリさんは、『いきなりでびっくりした』だとかおっしゃってましたが、普通順序が逆ですわ!!言葉が足りません言葉が!!」
(一体何を話してるんだカガリは!!)
女性の秘密の花園を垣間見たアスランはたじろぎつつ、なんだか目を据わらせて(酒量のせいで余計に鋭くなっている)じっとりと、普段の彼女ならば澄んだサファイアの瞳で済むのだが何もかもを見透かすような透明度のまま、テーブルから身を乗り出し接近するラクス。

「ら、ラクス!」
なんだかとても正論を吐かれているような気にさせられ、なぜか萎縮している間にアスランの眼前まで辿り着いたプラント1のアイドルは、類まれなる可憐な容貌でどこか舌ったらずな説教を始めた。
「アスラァ〜ン?もっとぉ、カガリさんを大事にしなくてはいけませぇん!!」
「あぁ……分かってる、分かってるから、ラクス…!」
鼻が触れる程の近距離での攻防は互いに酒が入っているが故にこの状況の危うさには感づかず、また第三者が飲み屋と化している応接間へ足を踏みいれたことなどもはや察しようもなかった。

ふいにひやり、とアスランの火照った頬を外気が嬲る。
少し目線を横にやれば、アスランの顔色が変わる。
よく見知ったとても穏やかな人物が人が変わったように強張った笑顔を浮かべ、満面に青筋を湛えて身を震わせていた。
「………楽しそうだね?二人とも」
声音まで押し殺され、今にも噴出しそうな怒気が軽やかに部屋中を支配していく。
「キ、キラ…ッ!なんだお前、そんな鬼みたいなぎょうそ……」
はっと我に帰り、現在の状態を確認して情けない叫び声をあげて腰を抜かす。
追尾の手を逃れた格好となる彼にラクスが一層睨みを利かせて、キラの存在にはまだ気がついていないらしく
「アスラァン!?聞いていますの!?」
「い、いやこれは違うんだこれは、キラ!ラク」
「ラクス。すっかりできあがっちゃってるね」
恐慌状態の親友の弁論を遮断するように、キラが強引にややボリュームの大きな声で割りこむ。
ようやく真正面から視線をはずし、のろのろと体を起こしてぱちりと零れ落ちそうに大きな瞳を瞬かせた。
「………キラッ!?」
「やっと見つけてくれた」
呆れも混じりながらも幸福そうな笑顔で佇むキラの胸に、ラクスは妙な歓声をあげて一目散に飛び込むやいなや、マシンガントークをくりだした。
「キラァ!アスランが酷いんですのよ!?カガリさんにあんなっっに優柔不断で鈍くては、お可哀想でしょう!その上キラキラキラでは、ひどすぎます…!」
「うわっ、だめだよラクス!それはこの作品の核心なんだから、僕たちがいっちゃ!!」
「お前たちは何をいってるんだ!!!」
なんだかよく分からないながらも喚くアスランを尻目に、キラは今だぶつぶつと文句を言い募るラクスを抱き込んで充電をする。

柔らかく温かな体は抱きごこちがよく、肩に鼻を押し当てれば花の甘やかなにおい匂いが擽るが、どうも親友が不満げに何事かを言っているので、早速キラは携帯している小型端末をラクスの肩越しに差し出した。

「まあ君とも呑みたいんだけどさ。ほら、アスラン。僕からのプレゼント通信。はやくかけてあげてよ、今日が終わっちゃうし」
「…通信?」
「ちょっといじって、行政府の首相回線に繋いじゃったからカガリと話せるよ」
「繋いじゃったってお前!!!」
さらりと言い放ったキラに血相を変えて迫ってくるアスランを片手間に制しながらラクスの髪を梳き続ける。
「ハッキングして解析したん…あ、大丈夫!防御プログラムは僕が開発できるから、セキュリティに問題ないって。僕はカガリの肉親である訳だし、オーブ国民だし悪用しても、メリットもないし僕がそんなことするわけないだろ?」
いやそういう問題ではないのだが、つとつとと説明を続けるキラにアスランは閉口しながら、そういえば幼少より弟のような存在であった彼は確かに面倒くさがりではあったものの優秀で、キラがその気になれば……とは片隅にはあったがやはりその能力は尋常ではないかったらしい。

どこか酔いがさめぬ頭を振りながら、思考しているとキラが多少迷惑そうな顔であっちあっちと廊下を指差し、退出するように促して言った。
「何ぼうっとしてるの?アスラン……新年の挨拶してあげて。カガリ、頑張ってるはずだから」
アスランは、彼の肉親の名に目を瞠ると、静かに微妙して頭を掻く。
「…ごめん。ありがとな、キラ」
気を使わせすぎているだろうか、だがラクスと話し込みながらも勇ましい少女のことが気にかかっていた彼は素直に感謝を述べると、キラは短く「いいよ」と呟いて、同じく軽い笑みをはえる。
アスランは端末を脇に抱えると、足早に部屋を後にしていった。


事の一部始終をなぜかキラの腕の中で目撃していたラクスは、酒の匂いをさせながら愉快さに微笑んで胸元に回された腕に手を添えて握った。
「キラは、親切な方ですわね…」
「とっても家族思いでしょ?僕」
「ええ、本当に」
後方の彼と見つめあい、ラクスは目を細める。キラは肩を竦めて悪戯が成功した子供の表情で息をつくと、アスランが腰を据えていたソファへと優雅にラクスを導いて、自らも隣に座る。
年内にキラに会えるとは思いもしなかった彼女は、浮遊感に包まれながら気分よく甘えた笑顔で彼の肩に寄り添い、しな垂れかかると心得たように肩を抱いたが、些か声音を震わせ、静寂に落ちた空気に黒の一滴を投じる。
「で……………ラクス」
「はぁい…?」
「僕は君が男と、二人きりで呑むのは嫌なんだ。たとえ相手がアスランでも」
「そうなんですかぁ〜たのしいですよー?」けらけらと笑って暢気に返すラクスに、キラは苛立つもテーブルに空いたワインボトルが並ぶ様に緩々失笑して、ラクスが呑みかけていたワインたゆたうグラスを口にいれると
「…えっ、あ……っ」
有無を言わさず彼女の唇を塞いで、酒を流し込む。伝達される鼻腔を通るワインの強烈な酒臭に顔を顰める。
(アスラン、こんなになるまで呑ませて………!)
内心毒づきながら、ラクスが喉を鳴らすまでキスを継続させると驚きに固まっていた彼女がやがて酒を嗅ぎ付け、自ら舌を伸ばし、ワインを受容する。
その愉悦にキラが軽く答えて舌を絡ませて口を離すと寂しげな顔をしたラクスの頬にひとつ唇を落としてから、ワインが付着した口端を乱雑に手甲で拭い、彼女の小さな額と額をあわせて、酷く切実に懇願した。
「………他の男となんかといないで。お願いだから」




/Liebe macht blind.
(愛は盲目)



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