7.Wer sich mutwilling in Gefahr begibt, kommt darin um. オーブ首長であるカガリは年末ということで恒例の決算報告書の山に、字面通り忙殺されていた。甚大な被害を被ったつけである戦後処理の関係もあり、今年は特に恐ろしいほど積まれる書類の束に傍に控え、首長の補助をするキサカは無言で汗をじとりとかいた。果たして今年中に自宅へと帰りつけるのだろうか…いや既に思案すること自体が無意味であるし、したところで結果は明白、徒労に終わることはほぼ間違いない。 「ああ、もう………サインするだけでもう何百枚こなしたんだ私は!キサカァ!!」 「カガリ…仕方がない。こればかりは俺が代わるわけにはいかないんだ」 決算報告書の最終通過点である署印は最高責任者である首長たるカガリ以外に行えるものはおらず、とはいえキサカ自身をもしかし例年の比ではない莫大な量に閉口したのだが、なんとかここ数週間にわたる書類と万年筆と印を相棒に奮闘により、その数量は随分と減っているもののなおも脇に控える紙束に目も眩む思いがする。 なんとか年末までには、片付けたかったというのに! 「折角いい土産まで仕入れていたというのに、ここまで増えてくれて、まさか年末の夜まで仕事とはな…」 沈痛な面持ちでカガリは、年末の楽しげなどんちゃん騒ぎを期待していたというのにと果たされなかった願望に堪えつつも、一枚一枚に目を通し、手早く書類に署名していく。アスランをしばらくは補助に置いていた(本人が申し出た)のだが、補助、とは名ばかりで首長承認作業実質カガリ一人にウェイトがおかれて当然ではあるので、書類を整理し、首長により承認された書類を運ぶなど微々たる仕事しか手助けもできない。 「アスランに先にラクスのところへ向かわせて正解だったな」 肩をこきこきと鳴らし、腕を回して凝りをとる。 「カガリ、ある程度で切り上げてもいいんだからな?首長は普通、この時期まで働くことはないのだから」 健康面では体力があるだけあり、さほど心配はないが疲労だけはいかんともしがたいところでもあり、忠言する。 セイランに小言を多少は言われるやもしれないが、彼女の過剰ともいえる労働振りをアスランと共に提示すれば今回は黙殺することも可能であろう。 カガリは、不器用なりにもよくやっている。 幼少から砂漠時代まで知るキサカは、性格が丸まり、首長らしく成長したカガリをうれしく思う反面、大切な少女時代のときが政治に忙殺されて消費されるのは、政治でも復興でもいたし方がない状況であるとは頭では納得できるのだが、内心であまり好意的には捉えられずにいる。親代わり、失格であろうか。 「わかってるよキサカ。だが、もう少し頑張るさ!」 ウズミの死後、それまで兄代わりのようでもあったキサカが父のようにも思えていたカガリは、以前にも増して素直に、彼がカガリを案じる心が徐々に理解できるようになっていた。 (昔は、反発ばかりしていたからな…) 苦笑交じりに過去を省みながらも手は休めず仕事を続けていると、通信端末がピピピとアラームを鳴らした。 「誰だ?こんな時間に………」 キサカがふいに腕時計で時刻を確認して一人心得たように頷くと、「眠気覚ましにコーヒーでももらってくる」と言い残し部屋を後にする。カガリが空ろな返事をキサカに返し、画面を繋いで応答すると気の抜ける、のんびりとした声音が返ってきて瞠目する。 <カガリ。まだやってんの?> 「…キラ?なんでお前がここに繋いでるんだ…モルゲンレーテからか?」 <うん。そうだよ、頼まれてたプログラミングの調整が長引いてて。今から帰るとこ> 画面越しに、灰色の作業服をまとったキラにも疲労の色が窺える。おそらくは似たような表情をしているのだろうなとカガリは思う。 「アスランには伝えてくれたか?私が遅れると…」 <通信で伝えたよ。ついでに僕もまだかかりそうだって言っといた> 「そうか。サンキュ」 <……でも、そういやアスランとラクスだけなんだな…> 「お前な…」 表情を強張らせて声低く呟くキラに失笑するカガリを認めると、キラはわずかに違和感を覚え眉根を顰める。 <…カガリ。ちゃんと休んでんの?僕よりも疲れてる感じがするけど> 弟に気遣われてしまう姉ではいけないなと思いつつ、金髪を指でまぜながら息をつく。 「ああ、気にするな。もう少しで終わらせる。キラも、ラクスたちのとこに先にいっててくれ」 <…ん。わかった。待ってるから、無理はしないでね> 念押しするキラに、カガリは手で制して苦笑する。 「分かってるよ。じゃな」 <うん> 通信を切ると、椅子へと深く背をもたらせしばしぼんやりと天井を見つめて気配には目をやらずに話し掛ける。 「アイツと話してると、平和だなーと思うよ」 「キラくんか。…最近はカガリが妹だがな」 戻ってきたキサカがくっくと喉を鳴らして差し出したコーヒーを不機嫌顔で掴み取る。 「はあ?んなわけないだろ!」 「しかし……カガリ。キラは、アスランはラクスと一緒で、大丈夫なのか?」 「え?あー………」 意図を察し、湯気をあげるコーヒーに口をつけてほどよく広がるミルクと甘味の配合に虎のコーヒーとは大違いだよなと満足しながら、 「さあ。なんかあっても、ラクスが宥めるだろ、たぶん…」 視線を泳がせて、極めて適当に応答する。 キサカをも知らしめるキラとラクスの仲は周知の事実であるし、とある花見での一件で同席したキサカはラクスへと近寄ろうとする異性へ恐ろしく鋭い眼光を飛ばすキラの溺愛ぶりを目にしているだけあり、目の当たりにした彼の反応が末恐ろしい。 「…とりあえず、カガリ。早く切り上げろ」 アスランを同情的な心中で浮かべながら、キサカは早速承認された書類を取りまとめ始める。 「手のかかる弟だよ。まったく」 「いや、お前のためにもな。彼が待っているだろう?」 「う、うるさい!!」 にやりと確信犯の笑みを背を向けて作るキサカをお見通しなのか、カガリは顔を赤くして叫んだ。 /Wer sich mutwilling in Gefahr begibt, kommt darin um. (危険へと赴くものはそこで死ぬ) → |