12&8&11

Lieber ein Ende mit Schrecken, als ein Schrecken ohne Ende.
Mueβiggang ist aller Laster Anfang.
Glueck Glas, wie leicht bricht das.


//


アスランがラクス自身からキラの話を耳にしたのは、多忙であった先鋭・クルーゼ隊での任務にもとりあえず一段落つき、ようやくクライン邸への訪問が叶った日のことであった。よもや人質としてAAに拘束されていた彼女から幼馴染でありかつての親友であったキラについて語り合っているとは―――――彼は穏やかな彼女の、気丈な一面を目にし些か驚きを感じたもののどこか天然さ漂う『妖精』が言うことだ、人とは微妙にズレが生じても今更さして動揺する事項でもないかとあっさり当時の彼は、彼女についての認識を片付けていた。
しかし、まさかラクスがあのようなことを唐突に口にするとは予想だにもしなかった。

平然と紅茶を口にしながら、ぽつりと世間話に交えて彼女は事も無げにつぶやいた。
「私、あの方好きですわ」
彼女は、なんと言った?
「え、ぁ…………」
アスランは瞬間的に恐慌状態に陥り、紅茶を取り落としたことも気づかぬほどに無表情な彼が動揺を露にした。何を言い出すのかラクスは、仮にも「婚約者」の目の前で。
焦りを感じた彼は、別れ際にラクスへ親愛を示すためにキスをしようとは試みたものの、奥手なアスランはどう切り出してよいものか、タイミングは、とさまざまな躊躇を巡らせるうちに、不自然な間で焦れる彼を察したラクスは頬を差し出し、手助けをした。いざというときの甲斐性のなさは今も不動のものとして以前として、彼に君臨しているようだった。ただ意中の相手である、カガリに対しては少しだけ成長がみられたようにも思えるが、やはり実直さは変わらずキラに「堅物」と囁かれるまま、妙に生真面目ではある。今だからこそ、彼女に、―――どこかで恋慕を抱いていた元婚約者に訊ねられる。







「あのときから、やはり、好意はキラにあった、のか?」
自分と婚約関係只中、まだ平和であった、あの時分から………?
現在にまで複雑な心中が蘇り、今はそのような感情も過去のものだというのに切なさがこみ上げ、苦しげに堪える彼に、ラクスは
「―――――いいえ?」
きっぱりと、ラクスは朗らかな笑みを浮かべたまま断言した。
困惑するアスランにラクスは自嘲して目を細める。
あの当時の、私は随分と裏で差し迫る事態故か盲目であったと思い返せば笑い飛ばせるが代償は果てしなく重いものであった。それこそ彼女が請け負いきれぬほど、生涯を通して贖わねばならぬ罪過。
「キラが、差別に捕らわれない、信頼におけるお方だということもありましたし、私を助けてもくださいました。
人質という卑怯な行為を、面と向かい「否」と叫ぶ勇気に、好意は感じていたれど、それはそれだけのものでした」
「じゃあ、どうしてあんなことを俺に………」
言葉は続かず、彼は彼女に視線も向けられず項垂れる。
好きではなかったというならば、なぜあのような。古傷が鈍く痛む。
「………必要でしたから。私にではなく、現実として世界のために」
ラクスは悲哀を込めた表情を崩さぬまま、ワイングラスを手内で傾け、紅い波紋にじっと目にとめる。
口内がなぜか無性に干からびていて、ラクスはワインを口に一口含んだ。
当時からクライン派が父の不穏な行動を突き止めていた、ということであろうか。
穏健派のシーゲルを退陣に追い込んだのは急進派であり、彼女の父の友でもありまた、アスランの尊敬すべき父であるパトリックである。
「ラクスに協力するか、という意志確認だったと?」
「ええ。試したのです。父の活動には、必要でしたから」
色恋の甘さを完全否定するあまりに率直な言葉に、アスランは色を失った。
この青年の反応に、世間との実際の彼女との意識格差がありすぎると実感しながら思わずラクスは苦笑する。
ふと、気がついたが喉に渇きを覚えてワインを一口、また一口と無意識に流すうちにいつのまにかグラスが空いていた。
「当時の私は、父がすべてでした。父の愛する平和のために、私は歌姫として歌を歌い、クライン派の介添え役として会見の際にも、父の隣にたつこともありましたし………協力者は、必要だったのです。いつしかくる事態をとめるためには」
ラクス自身も、いつか彼とはきちんと話をしなければと思っていた。それが、こうして酒という麻薬の口実が揃った小狡さの上であるからこそ実現したのだろう。ワインを初回よりも多めに、たっぷりとグラスに注ぎ、そうぼんやりと感じながら、独白を続ける。

「私は、その後傷ついたキラを保護して、強さを知って――――でも。キラに好意はありました。けれど、普通の愛や恋とは、少しだけ系統が違っていたように思います。勿論、好きでしたし今とは随分違ってはいるけれど、愛もありました。それは確かですけれど、でも、アスランやカガリさんに抱くものと、ほんの少しの差だと思っていました」
「…同志で、あったと?」
アスランはカガリとのことを思案した。確かに、自分たちも戦中はそれに近しいものであったように記憶している。しかし、先ほど思い当たったことだが、やけにラクスの呑むスピードが速く、もう何度もワインボトルを手にする様を目端に捕らえていたように錯覚したが、気のせいだろうか。

ラクスは心なしか赤ら顔で困った顔つくり、首をかしげる。
「それも少し違いますけれど。同志というよりは………いえ、一部はそうでした。私も、キラも、互いに戦中はあまり余裕がありませんでしたから。私も、………一人ぼっちでしたし」
父をなくして遺体に対面することもなく宇宙へと出航し、零れるはずも、零すつもりもなかった悲しみの涙がなぜかキラの前で堰をきって決壊した不可思議さ。それはおそらく、彼がラクスにありのままを晒したからこそ心許せたのだろう。
彼ならば、受け止めてくれる人間であるとどこか無意識に知っていたのだ。
父と宇宙で合流する手筈であったのに、永遠に再会はならなかったために別れ間際どこか沈痛でありながら、精一杯に娘を気遣い、愛情に溢れた表情で手渡された亡き母とのお守り代わりのペアリングが、結局は父の形見となってしまった。

「キラ。―――似ていたんですよ、お父様に。その姿勢や優しさが」
なによりも、ラクスを受け止めてくれた。彼女の父と同じように。
「私は縋っていたところもあったのかも、しれません。キラに。だって、誰も、いなかったですから」
本当の私を認め、そして相手もまた、心を開いてくれるなどラクス・クラインであるが故に、それはなんという希少な僥倖。
むせび泣くキラを膝に抱きながらも、心底、彼を安堵させたかった、刹那に取り込まれてほしくはなかったことは、それは本心であるけれど、でも。
ラクスは酒の高揚に声を高めながらも饒舌に、間違いなくラクスでありながらももう一人の、畏怖が凌駕してキラでさえ言えぬ抑圧された心を吐露していた。
諦念に支配され、泥を吐きたくなる瞬間というものが誰にしもあり、ラクスにとり生涯にでも数度きりの独白の二度目は、酒と、かつての婚約者の真摯な有様に後押されてであった。

「もう失いたくはなかった。お父様もいなくなって、なのに、キラまで。よくわからなかったけれど、大切でした。だから。…生きて、ほしかったんです」
だから指輪を渡した。自らの命を賭してもという覚悟を決めた彼の決意を察していたから………そして、何よりも彼女自身一人ぼっちにされるのは、もう嫌だったから。


Lieber ein Ende mit Schrecken, als ein Schrecken ohne Ende.



アスランは彼女の、酒の回りがあるからこそもらした彼女らしからぬ弱さに驚いていた。決して、傍目から慈愛を湛えキラを支えていた彼女を見ていたときほど美しくはない彼女。
「それに、泣き虫さんでとても、ほら。正直な方でしょう?」
「ああ。昔からだ」
「………だから、戦後も、そうすることで………」
ふいに、ラクスの瞳に影が落ちる。小刻みに震える肩がはじめてみたラクスのオーラをなくした姿は、酷く痛々しく感じる。
「私は、そんなキラに、結局は平和といいながらも自分のために、兵器を渡しました。
戦争で傷ついていたキラ。なのに、どこか未来を知りながらも、必要性を優先させたのです。そして、キラは、疲れ果ててしまいました。私は、償わなければなりません………許されるはずも、ないことです。けれど、キラを労わりながらも私は――――――……」

Mueβiggang ist aller Laster Anfang.



「………………ああ」
アスランはラクスの懺悔に、黙って聞きいれていた。彼女の非ではないと諭すことも多々あるが、彼が告げるその刻ではないのだ、ラクスにとっては。



「私は、こうして、こうして。キラの傍にいて、労わっているからと、慰めているからと、だからと。自己陶酔することでその罪から、どこか逃げていました」
だから許せと、許されるはずだと。
普段は綺麗に笑いながら、孤児、同じ境遇である子供たちとの交流により一人ぼっちではないと傷を舐め、キラに同じく笑顔で傍に寄り添って今までどおりに彼を尊重して気遣い続けて、そして。

そして―――――一人きりになれば身勝手に、生活していれば嫌でも自覚する父の不在に孤独を感じ、世界に自分だけが置き去りにされてしまったような寂しさに堪えきれず、皆に見つからぬよう膝を抱えて泣いていた。
人生の指針を失い、緩やかな死を過ぎ去っていく穏やかな日々の中、どこかで願いながら。

これは、私の自尊心が許さないからアスランにはさすがに話せないけれども、胸中で納めておくべきことなのだ、一生。
キラにはその一端を、不覚にも日の目に見る事態に陥ってしまったが、彼から手を伸ばされなければ彼女が晒す気もきっと永遠に到来せず、こうしてキラとの、今では手放すことなど考えもつかぬほど深淵を覗く愛を結ぶこともなかったであろう。
あまりにも嫌悪すべき想像であったため、ラクスは顔を少し顰めた。
今では、考えるだけでも身震いがする。彼のいない自分など、もはや。



彼女と対峙するアスランはしかし、ラクスの独白を聞いてもなお、戦後ずっと―――――知っていた。彼女がなんと言おうとも、どう思おうとも、真実、打算なしに彼女はキラを愛しているのだと、普段キラといて誰にも見せたこともないような無垢な笑顔で笑いあっていたことを。



「アスランは、正解でしたわ。こんな私と婚約破棄できまして」
キラは相当な物好きですわね。無理に揶揄して自嘲するラクスに、アスランは瞠目し、そして爪が肌に食い込むほど強く手を握りこんだ。
アスランは己を晒すことを厭い、かつて彼女から伸ばされた白く小さな手から逃げた自分。本心を見せることを、彼の自尊心が許さなかった。だが、今は違う。対等であり、友人であり変わらず―――――だから彼は、たまらず口を開いた。

「……………それは違う!」
「アスラン?」
「俺は、俺なりに、今更だが。でも、君の事は、ちゃんと………」
頭に伝えたいことばかりがめぐるのに、上手く紡いでくれない舌足らずな言葉が恨めしい。ラクスは苦悩するアスランの姿にしばし呆然としていたが、やがてぷっと可笑し気に破顔一笑する。
いつまでも不器用な、元婚約者、いや、友人の姿が思いやりが温かさが、ありがたくて嬉しくて、酔っ払いに涙すら滲むほどであった。
アスランも―――ラクスに好意は抱いていたし、それが自らが自覚するよりも深いものであったとは後に苦味と共に思い知ったのではあるが、けれど現在カガリに抱く比ではない。
だからラクスは、互いにそれを前提とした上で、酒の肴とした。
「私は、あなたの婚約者であっても、恋も愛も知りませんでした。けれど漠然と好意はありました。でも、婚姻統制の必要性は、父から聞かされていたとおり…どこかで疑問視しておりましたが、それでも得られる幸せを信じていたかったのは、本当です」


Glueck Glas, wie leicht bricht das.


「でも、楽しかったんです。本当です」
「……………ああ。俺もだ。」
心底腹から二人は笑いあう。
打算もなにもなしに、手放しにこれから先、未来の双方の幸福をひたすらに願っていた。
「まあ。あなたは、逃げてばかりでしたけれど?」
「うっ……」
痛撃を食らい、冷や汗をたらしうめく友人に、してやったりとラクスは昨日今日の如くにっこりと微笑む。
そう、過去を過去にして未来へと歩いていく。
いつも通りに、ラクスはキラの手を取り、アスランはカガリの手を取り。


「さあ。まだまだ呑みましょう?アスラン」
「ああ。年明けにだって、あと1時間近くは残ってる!」
まだまだ、夜明けには時間がある。酔える余裕も多分に有している。
二人は同時に笑みを噛み殺して片眉をつりあげ、一呼吸おいて闇を削る文明の利器、蛍光灯へとグラスを高く掲げた。


Now,cheers!!






・・・・・
/
12.Lieber ein Ende mit Schrecken, als ein Schrecken ohne Ende.
8.Mueβiggang ist aller Laster Anfang.
11.Glueck Glas, wie leicht bricht das.

(終わりのない恐怖より、むしろ恐怖のある終わりの方がよい)
(無為は全ての悪徳の始まり)
(幸せと硝子、それはなんと儚く破れることか)