13.Der Wuerfel ist gefallen.


「こんばんは」
彼、アスラン・ザラがもう夜更けている時刻にも関わらず、孤児院を訪れたのは、時期柄的なものが要因にあった。
「あら、アスラン!待っていましたのよ」
テラスを上り、開けっ放しの玄関扉からひょっこりと顔をだしたサングラスをかけた美青年を、左首あたりに一つにまとめた桜色の長い髪を揺らしながらこちらも美貌を湛えた女性がぱたぱたと小走りで遅れ、笑顔で出迎える。カリダがワイングラスを僅かに上気した顔でひらひらと彼に手を振っているのを見とめると、アスランは苦笑をはえてとりあえず、こんばんはと濁しておいた。こんばんわぁ〜と些か陽気すぎる声が返り、彼はやはりなと確信する。
(ありゃ、大分酔ってるな………叔母さん)
さすが年末というだけはあり、陽気なものだ。今日は12月31日、いわゆる大晦日にあたる日である。
であるから、こうしてアスランが不躾にもこうして夜半に押しかけていても、迷惑でもないのであってそうでもなければ普段から生真面目な彼がこういった暴挙に出るはずもなかった。
「ラクス。酒、持ってきましたよ」
「あらぁ〜、それはどうも」
アスランが少し掲げたボトルをラクスが輝いた瞳で見つめる。
昔を回顧させる無邪気な笑顔を浮かべる彼女に、キラに聞いておいてよかったなと微笑んだ。
「アスラン、ごめんなさい。キラがまだモルゲンレーテから戻らなくて……」
「ええ。あっちで会いました。カガリもやはり忙しいとかで、これな―――――」
言いかけたところで、
「アスラン……?」上目遣いに可愛らしく睨まれ、彼はぎょっとして胸をそらした。
「な、なにか?」
「敬語は、おやめくださいな?もう昔ではないのですから」
「え?いやあ、でも…………」
もう彼女に対しては婚約時代から早4年、すっかり身についてしまった習慣であるから今更敬語をやめろといわれても、そうそう簡単に抜けてくれるものでもないのだが、ラクスはご立腹の様子で腰に手を当てて拗ねた顔をしている。
「アスラン?」
「う……わ、わかり……い、いや。分かったよ」
「結構ですわ」
途中再度ラクスからの冷ややかな視線を受けて肩をびくつかせるアスランを、カリダは彼らの様子を遠めに見やりながらなんだか可笑しくて忍び笑いをしている。アスランは彼の母、レノアとカリダが親友であったことからよく自宅で預かっていて幼少時代からよく知っている。第二の息子といっても過言ではなく、実際彼女はそう思っている。常にしっかりとしていて、長男にも関わらずすっかり甘ったれたキラになったのは、兄貴分のアスランが身近にいたからであろうなあとワインを喉に流しながら一人心地る。
とはいえ、
(恨んでいる訳でもまったくなくて、むしろ嬉しかったのだけれど)
しかしその兄貴分のアスランが、こうしてラクスにはまるで敵わない様というのは面白いというか愉快というか物珍しいというか、酔いが回っているからかもしれないが、いい笑いの種ではあった。
カリダの含み笑いの心情もしらぬアスランは、ようやく招き入れられ暖房の利いた室内で黒コートをようやく脱ぎ、腕に携えながら暢気に「酔いすぎてるな」と少し呆れていた。

そう長くもない直線の木目廊下を、ぺたぺたとスリッパで踏み鳴らしながら応接間へとラクスが先導する後をアスランが続く。ラクスは白毛糸で編まれたワンピースを着ており、彼女の首筋あたりでパーカーがひょこひょこと泳いでいる。クライン邸時よりも随分彼女は世間慣れしてきたように思う。
格好も、一目見て名家の令嬢と判断できたかつてとは違い、TVCMでもみかけそうなレベルになってきているがそれでも自然に着こなしてしまう上にラクスの、コーディネーターにしても飛びぬけて端正な容貌はそこいらの女性が同じものを着用するよりも
一層可憐に演出する。さすがプラント1のアイドル、『ピンクの妖精、ラクス・クライン』と謳われるだけはあるのだった。
「アスラン。どうせキラも来年にならなければ帰ってきません。飲みましょう?」
「ええ。やることもないですし、そのつもりで俺もきたんですよ」
「……………………」
可憐な眉根が顰められ、怪訝な目がこちらを無言で振り返る。
「あ、しまっ、え、ええと、とにかく飲もうラクス!!」
アスランは必死にテンションをあげながら、心労で俺は死ぬかもしれないと生粋の苦労性である彼は内心で嘆息した。



/Der Wuerfel ist gefallen.
(賽は投げられた)