「ラクスは、今どうしてるんですか?」
「会談というか、カナーバ様やクライン派幹部との調整の最中です。・・・今後についても、その色々ありますしね」
「――――どう、なるんですか?」
それは最後に会った日に彼女に訊ねた言葉。気がわしげにキラが尋ねると、ダコスタは些か気落ちした顔でいった。
「大丈夫ですよ。経緯がどうであったにせよ私たちは過ちを食い止めたにすぎないのですから・・カナーバ様とも事前に話し合っていたことですし。ただ、ラクス様が今後しばらくはクライン派代表を退いて頂くことにはなります。プラントへの介入も、お控えしろとのカナーバ様からのご指示です」
「地球軍側はそれをのんだんですか」
ラクスはプラント民衆に絶大なる支持を誇っている。ザラ派がラクスを反逆者から「ナチュラルに利用されている心優しい少女」に変更せざる得ないまでになった背景を考慮すればその力がいかほどのものであるかは明白であろう。しかし地球軍となれば話は別だ。キラの憂慮にダコスタが破顔して言った。
「マルキオ様のお力添えがありましたから。人望のある方で、ナチュラル・コーディネーター双方に支持されていらっしゃいますし、話はある程度ですがつけて頂けたようです」
「あの人が・・」
クライン邸での療養中にラクス様が、と軽く彼女を嗜めていた盲目の導師を思い起こし、それほどの影響力のある人物だとは思いもよらなかった。
「シーゲル様ご存命ならば、事後処理がこれほど混迷した事態にはならなかったでしょうに・・ラクス様と、後に合流なさるはずでしたのに」ダコスタは誰に向けるでもなく漏らすと陰欝に俯く。
「シーゲルさんは・・」
「ご遺体は見つかっていません、おそらくはザラ議長の指示で内密に・・・」
「そうですか」
エターナルで深い意味での同志であるキラに気丈な少女が瓦解した瞬間にも笑おうとしたに関わらず悲しみのあまり失策した姿を回顧するも少しばかりキラの胸を借り啜り泣いたのみで自室へ戻り次に顔を会わせた時も、その後にも一切、悲哀を覗かせることはなかった。例えそれがキラの前であっても。父親の遺体とすら対面できず、また会話さえ――――なく死を知らされた彼女は、今何を思うのだろうか。
「ダコスタさん、勝手な言い分だと分かっていますがアスランにこの事は」
「・・・お父上と息子は、別の人間ですから」
ダコスタは囁く程度の声で言った。軍人としての覚悟相応に気丈ながらもどこか、恨み言を吐くように。ふと思う、憎しみの連鎖とはやはり全く素直な人間の証で僕達
は断ち切ろうとあがいたけれども、不可視の領域でそれはずっと派生を繰り返しながらそっと道を為していくものなのだ。ダコスタもアスランの父にどこかで、いつしかそっと愚痴を漏らすこともあるのだろう。きっと皆そうで、僕もいつか喪失感が蝋燭に火を灯すみたいにぽっと言葉を紡ぐのだろうか。

「キラくん。ラクス様からご伝言がありました。今日はそのために来たんですよ…色々うやむやになりましたが」
ダコスタがようやっと封じられていた用件を軽い安堵と共に一枚のディスクを鞄から持ち出し、ベッドに備え付けられた机に置いた。
「これはあなたに対する、最初で最後のお願い、ということです」
キラはその前置く言い様に不思議と不快な印象を受け顔を曇らせたが、それは少なくとも内容に対するものではなかった。
「…軍事、関連ということですか」
「いえ。クライン派内部でものみに極秘伝令された通達書の原本です」
ダコスタがくたびれた笑みを浮かべて言う。キラは目を瞠った。
「……なぜ彼女は僕に?」
「キラくんの疑問への回答子細は、すべてその中ですよ。ただ、モルゲンレーテにもご協力いただいている手前、駄賃代♪とかで軽くシモンズさんが茶々をやらかしたとか聞いてますから、気を付けてくださいね」
ははは、と乾いた笑みを漏らしながら気の強そうな女性、モルゲンレーテ技術班エリカ・シモンズを思い浮かべる。つい最近見舞い代わりに届けられたはがきには、と技術スタッフらしくモルゲンレーテへの勧誘文句をちゃっかり添付されていて苦笑を噛んだばかりである。なんというか、自国の姫君にもさばけた彼女らしい戯れではないか。
自身の能力を高く評価してくれているのはありがたいのだが技術者同士というのは、なかなか波長が合うようで合わず均衡しようともする無意識の悪癖が生じることはカトウゼミにて何度となく経験しており、その点に関してはやはり彼女を持ってしても諦観するより他ないのか。(とはいえ彼女の場合好奇心が大きく作用した、ような気もするが)しかしこんな小型スティックにして手渡しとはよほど重要気密らしいなと思いつつ、仕掛けなんてないだろうなと裏返しているとダコスタはさすがに笑い声をあげて大丈夫ですよ、と軽く言った。
「確かに、お届けしましたよ」
「はい。ありがとうございます…あ、データ消去はしたほうがいいですか?」
「最重要機密事項ですから」
「ああ…」にこりと笑みも崩さぬまま、赤毛の青年は爽やかに断言した。
「完膚なき迄に」
「…了解しました!」
キラがちゃらけて笑い、軽く手を振って「じゃ僕はラクス様の元へ帰ります」と言い、部屋を後にしたダコスタを見送った。

一人になったキラは手持ち無沙汰にディスクを裏返しながら思案する。
トラップでも仕掛けられているのか。シモンズさんはなかなか手の凝ったことをやらかしてくれそうだ。端末を立ち上げ、暇つぶしのゲームソフトを放り出してディスクをセットする。
ファイルが自動展開され、なんだか嫌悪感が湧くなあとハッキングが趣味だと自負するキラの繊細な嗅覚が僅かに感じ取る。何に費やしたのか半端に長い読み込みが終わり、プログラムが開始された直後画面が暗転した後、テキストが展開した。
「………そう意地の悪くも?」な訳がなかった。
展開直後、最新型ウィルスが延々とキラの端末に蔓延し、OSやデータには指一本触れさせず波打ち際から数歩離れた地点で食い止め実質被害はなかったものの、嫌がらせそのものの夥しい数と厄介にも増殖型が鼠算で増殖するウィルス駆除に数時間を要し、しかもディスクへの損害を侵攻させぬため細心の防衛線をはっての二重の手間により、まともにキラがファイルを開く頃にはもはや日は傾いていた。




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