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オーブでの病院食は予想外にもなかなか美味しいものだった。
キラは検査の結果、多少の内臓損傷は認められるものの比較的軽度のものであり、
コーディネーターの自然治癒力に任せれば自然に回復していくだろうとの診断を受けた。
目立った外傷としては打撲程度のもので、頭、胸などに包帯は目立つものの――――別に病人という訳ではないので、
病院食にしても優遇されているのだろうな、とは思うのだが、にしても機内食に勝るなこれはとキラは喜んだ。

コーディネーターはよほど免疫が弱らないかぎりは大病にもかかることもないし子孫孫からの遺伝持病だとかは存在しない。
全く最適化された遺伝子様々なのだが、僕の場合はまた例外になるのだろうなと医者にすら驚嘆させる欲望に塗れた免疫力を苦く思い
、ふと何かが抜け落ちている疑問に、
    なぜか、少し足を取られる思いに駆られ、   

ふ 

あん   に


「―――――…う治りかけてるんですって。まあ普通なら全治三週間くらいらしいのに、半分もまだすぎてないわ。あんたもボケなくていいわ。
ありがたいことね」
はっとキラは我に返り、現実にある母の明るさに向き直った。
「どうしたの?」首を傾げる母に、キラは日常のように「なんでもないよ」と無邪気に言葉を返そうとして、
返答しようとして答えようとして明るく今まで見たいにちょっとむくれた様子でも加味して――――――
やはり喉骨のひっかかりに笑顔を詰まらせて、言葉にならないどもりで返答は収束してしまった。
限界がきている。キラは、そう確たる確信をもってしまったことを嘆いた。
キラは幸か不幸か親子としての絆の秘密を知ってしまっていた。
人は沈黙することで相手を思いやることもできる優しい動物の一種である。
キラもそうであったし、そうであろうとしたのだ、そうであろうと。
「かあ、さ………」
キラは演技を続行する為に、笑顔を利用したがまた失敗する。
しかし、何事もなかったかのように振る舞うには限界がきていた。
ここ数週間、キラは努めてそうしてきたが、だが今更ながら違和感を覚えていたのだ。
なぜ親子が互いに気を使い、茶番を続けることを強要されねばならない。憤りにもにた感情が支配する。
僕と母さんは、そんなまがい物みたいな貧弱な絆で結ばれていたのか?

本当に?

「……母さん。あのさ」
そうでないと頑なに否定するから、したいからこそ、キラは口を開いた。
「なぁにキラ?父さんなら研究所よ」
長く弧を描いてナイフを滑る林檎の皮が真昼の、幾分か記憶にある中では柔らかめの陽光に艶を放っている。
優しい横顔が、どこか物寂しげに映るのは僕の錯覚だろうか。

「教えてほしいんだ。その、僕のこと」
カリダの頬が微弱に震えた。何かに耐えるように背中が縮こまる。
…母さんは、こんなに小さかった?
「母さんはこれからも僕の母さんだし、僕の母親は母さんだけだ」
でも、今は違う気がする。キラは母親の姿を見据えている。
気使う母さんなど、母さんではないのだから。
「あんたは、ずっと私の子よね?」
「当たり前だろ。僕の母さんは、母さんしかいないし、父さんだって一人しかいない」
母さんは少し頷いてみせると。
世間話でもするようになんの影も落とさずに、淡淡と口を滑らせた。
不自然なほどに毅然としており、キラは、目を細める。
「…産んだ母親は、母さんの姉さんよ。名前はヴィア。父親は、ユーレン」
しゅるりと細長い滝みたいに盆上に軽やかに尾ついた。
「………うん」
「母さんは、事情がなんであれ、あなたを愛してるわ」
母さんは、瞳を拭うこともしなかった。涙腺が緩んで一滴、盆に生温かい水が着地し、歪な宙から破水し羽を広げたが、
キラは笑って、切り分けられた一片の林檎を口に入れた。

「…………ありがとう。母さん」
母さんは僕がどのような遺伝子調整を受けて出生したのか知っているだろう。
そして僕が知っているだろうことも、何もかも察しながらもそれ以上言及しようとはしなかった。
僕も言わない。絆は、揺るぎのないものだと実感し確認した今、なんだかもうどうでもいいことのように思えた。
母さんは、僕の母親だ。

変わっていくことはないし、変わらない。

「…色の割に結構甘くないんだけど」
呟くと、カリダは目元をさり気なく押さえながら、きりりと覇気のある笑顔を浮かべて小言を放つ。
それは何の変哲もないいつも通りの光景だったが、やけに贅沢に感じられてキラはますます嬉しかった。



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