―第3話

「カガリ大変そうなのに気、使わせちゃったね」
「あら、それはカガリさんへの感謝には当たりませんわよ?」
「…………すみません」
「結構ですわ?」
軽妙な言い回しにキラは笑みを殺しながら心底愉快に思った。
ウェットのきいた会話にも順応できる所もまた新たに発見したラクスだ。―――そういえばクライン邸で時折顔を見せた彼女の父も、なかなか馬の合いそうな陽気な人で日溜りのような穏やかな印象が残っている。そしてなにより、この凛とした少女の思想に最も影響力を与え、育てた人。
ゆっくり話してみたかったなと思う。しかしふとキラは唐突に思い当たった。
「ラクスは、これからどうするの?」
「そうですわねえ」布巾で濡れた手を拭い、花瓶の位置を整える。
「カナーバ様にクライン派に収集命令がかかっておりますから、まず会談に向かいます。クライン派の処遇をお話しなければ」
「………だいじょうぶ?」
ラクスは心配気に尋ねる彼に笑った。
そういえば彼に剣を渡した際にも気のきくような利かないような、けれど案じる心はしかと受け取れる同じ台詞を言っていたと思い出す。
「大丈夫ですわ。今は、なによりもキラはご慈愛されなければ」
「僕はなんかいいんだ。でも君は、『今は』クライン派代表だ。それにその後だって!」
キラは暗澹たる胸中でうなだれる。覚悟あっての決起であったし他の誰でもない彼女に導かれた者の一人である。クライン派はザラ派がプラントで存権していればパトリック・ザラの容赦の無い断罪や追尾により、潰滅的な被害を被っていたことだろう。結果的にはクライン派は一時的とはいえ休戦協定を取り付けたものの、新鋭MS、戦艦を奪取した反逆者であることに代わりはない。不問と言う訳にはいくまい。
とはいえ、プラント国民から圧倒的な指示を受けるクライン派はシーゲルと共に穏健派に属すカナーバだ、過激派ほどの処断は下されないだろうことは安易に想像できる。
一先ず、それはいい。
だがしかし、彼女はどうだ。ラクス・クラインはどうなる。個人でもなく、クライン派としても重圧のかかる彼女はどうなる。彼女は父を亡くし、いまや一人きりになってしまった。キラは心密かに沈んでいた微笑みに拭いきれなかった涙の糾弾を知っていた。
そしてその後エターナルでも、幾度か寂しさを漂わせていたこともキラだけは察していた。しかし当人は、よほどラクスの機微を慎重に察せねば笑顔を見極められぬこと、彼しか知る者がいないということに気付いてはいない。

「私はプラントにはおそらく帰りませんわ」
驚くキラに構わず他人事のような冷静さでラクスはつぶやくように言った。
「オーブに亡命という形に、なるのでしょうね」
「そんな!」
間髪いれず異を唱えた叫びに彼女は対照的な安穏を紡ぐ。
「いいんです」

歯切れのよい決意口上だった。だがそう簡単に決心がつく問題ではない。
『亡命』は一定期間滞在して家路につける安易な旅行ではないのだ。故郷を捨てる事と同義である。
聡明な女性だ、ラクスなりに悩んで悩んで悩んだ末の決断であるに違いないが、一言了承を唱えれば彼女はまた慈愛を芽吹いてくれるだろうが、それでもキラは言い募った。
「ラクス」
以前の彼ならば友人関係の揺らがす行為であるために、曖昧に笑って事済ませていただろうが看過することなどとても許容できなかった。揺るぎのない絆を契った同志である彼女を思いやる故に。
「もう、決めたことですから」
「―――――プラントには、もう戻らないの?」
「…………時ではないのでしょうね。きっと」
意味深な言葉に尚追求の口を開こうとするも戦場での青ざめた細面を回顧させるあまりに物憂げなラクスの面持ちに、キラは声を失った。
それきりその話題は打ち切られ、打って変わった明るさでぱちんと手を合わせ
「そういえば!お食事はどうですか?こちらの病院食は美味しいとカリダさんからお聞きしましたが」
昼食の話題に入ったラクスにキラは頭の働かぬまま気のない愛想づいた。それきりキラが理由を訊ねることはなかったし、ラクスも沈黙を守り続けた。
それが明らかになるのはまだ少し先の話である。





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