やがて、またなんぜんねん、なんまんねんがたって。
こどもがいのちをつないでいくと、ふと、あるいきものが「そら」がよくみたいといってたちあがりました。
それが「ひと」とよばれるもののげんがいです。ちじょうからはのがれられません。
あるいきものはそらがすこしちかくなって、うれしくなりました。
さらによくみようとがんばると、もっとそらがちかづきます。
がんばるうちにこどもがうまれ、あるいきものよりもこううんにせのたかかったこどもは、
おやがしんでからもそらをみつづけました。

そしてあるいきもののこどものこども、またそのこども、かぞえきれないほどこどもがそらをみつづけてしんでいったあと、
やがて「ひと」といういきものになりました。







// D N A

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星型の髪飾りを外し手内で弄びながら彼女はソファから立ち上がった。
先ほどまで対話していたキラに目もくれずリビングのドア口で息を凝らすラクスに、超然とラクスに向き直る。
「貴女と話していると時々『私』という存在がまだ判然としませんわね。特に目の前にすれば尚更のこと」
「………何の、御用ですか。ラクス」
切り取られたような世界に佇む、彼の知るラクスともう一人のラクスが対峙する様を息を殺して見つめながら、
ラクスの言葉にはっとする。ラクスすら『ラクス』と呼称する彼女は、不自然でありどこか自然なのだその存在は。
言には窮するが、キラにとり最も的確な感覚であるといえる。
そしてラクスのあまりにも悪い顔色と弾ませている息は、普段の彼女とは似ても似つかぬ姿だった。
この場の、今にも事切れそうな空気がキラのラクスに対する、そして彼女自身についての不安を助長させる。

余裕すら感じさせるもう一人のラクスは、唇をつうとなぞると怪しげな輝きを星空の瞳に瞬かせる。
「分かっているのでしょう?」
「…いいえ」
恐怖か歓喜か、扉に持たれかかりなんとか震えを手中に収めようと手をつく壁に爪を立てながらもラクスは強く即答した。
明るい声音でもう一人の彼女は続ける。
「時が、私達が動き始める時よ。必要とされるべき時代よ」
「私達は必要とはされておりませんわ。いえ、されるべきではないのです!」
体だけでなくラクスの声までもがかたかたと震えていた。
一呼吸に言い切らなければ全てが言い募れていたかも疑わしいほどに様々な動揺が窺える鈴の音に存在は異なりながらも同一の声が連なる。
不自然さを具現した少女は、場に不似合いなほどはつらつとした笑顔でキラへと身を翻す。

「私は『分け隔てられた』と、申し上げましたわね。キラ・ヤマト」
「……はい」
キラは瓜二つのラクスを見据える。
敵意であり畏敬の篭った紫の瞳に絡む青にはラクスに対する柔らかさはない。
「ねえ、ラクス?貴女のパートナーにも知らせておくべきではなくて?どうして彼には言わなかったのかしら」
ラクスに背を向けたまま問い掛けるも、
「…………………」悲痛な面持ちで黙するラクス。キラの胸までが軋む。

「私のパートナーには、私からしかるべき時期にお話しようとは思っているのだけれど」
恍惚とした表情で星の髪飾りを一撫すると、優雅な動作で髪に留める。
表情を隠していた腕がすっと下りると、彼女の表情には憐憫の情がたたえられている。
「ラクスのすべてを、貴方は知らなかったのね。あの子はまだ、相も変わらず臆病なまま」
彼女と似て非なる者は、くすくすと艶然と微笑む。
柔和な容姿ながら細められた青は抑揚もなく、射抜かれた者は憎悪の念を抱かずにはいられぬほどの―――すべてを見透かすかのような彼女の瞳の冷徹さは、なぜか不可解な予感を喚起させた。

「私達は『コーディネーターによるコーディネーターの為の利害と危機を一手に引き受け、
人々の中にさも自然に溶け込み、判決を下す最も内なる正義と悪として生み出された』存在」
星飾りの少女がさも暗唱の一文であるかのような無機質さで口上を並べたてる。
「それが研究テーマでしたものね?『ラクス』の」
星飾りの少女は暗にラクスに矛先を向けながら実に楽しげに口調を弾ませている。
キラは自らの出生との一致にうろたえながらも、勇気を奮い立たせた。
まさか幸福の中で生まれ育ったと信じて、そう願ってやまなかったという彼女が。
「研究……?」
「そう、研究。『私』が生み出されたのは、どなたによって、と思われます?」
「………………」
キラはここ数年の記憶を辿るも研究員といえば実父しか思い当たらなかったが―――無意識に回避したのか、言葉に成らず沈黙する。
思い当たらないのがさも不思議そうに首を傾げた彼女が、口にしたあまりにも有名すぎるその名にキラは戦慄した。
「ジョージ・グレンはご存知かしら」
「……!!」
「そう。有名な、偉大なるコーディネーターの始祖。そして、『私』のお父様」
「なんで!ジョージ・グレンと君たちが…!大体、彼は僕たちが生まれる前に…」
「その通り。けれど私が申し上げているのは事実上の、ということではありませんわ」
「!?」
「彼の構想ノートにおける発案でしたのよ。『私』を創造するプロジェクトは」

今や動揺を露呈したキラに、瞬間狂気が滲む微笑を浮かべた。 ―――彼女は僕を嬲ることに喜びを覚えているのだと容易に知れて総毛立った。
大いに歓喜した様子で、大仰な仕草をしながら彼女は続ける。
「貴方もまた、人の夢だったのでしょう?最高のコーディネーター、更に上へ!更に高みへ!!」
キラはガチガチと歯に音奏で、震え出す。人工子宮に囲まれた真実の悪夢が再度彼を暗澹たる地獄へと押し流さんと首筋へと食らいつく。
「そして『私』もまた、30年前から研究され続けた最も内なる正義と悪の具現体。人類の判決者!」
「もうやめて!!」
折った膝に顔を埋めたラクスが耳を塞ぎながら絶叫する。





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