むこうからおなじようにいきのこったいきものがやってきました。
いきものたちはとてもさみしかったので、じぶんたちとおなじすがたをしたこどもをつくりました。






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その世界は混沌とした暗闇、いや彼女等が望めば青空にも夜空にも変貌しうる―――正に相似と言するに相応しく、別人でありながら同一でもある。

世の不条理という不条理を超越し、あまりにも似過ぎた二人が空に佇み対峙するその様はあまりにも異様な光景だった。
そして交わされる会話はどちらも音程、口調に微々たる差異もなく、ただひたすら同一である。
彼女は桃色の髪を靡かせ、もう一人の彼女へとその手を差し伸べる。
青い瞳はひたすら恐怖を堪えるように、しかし痛切に糾弾する。
「人はみな平等なものです。ナチュラルもコーディネーターも関係のない。
ただ一人のかけがえのないものですわ」
鼻で笑って彼女は大仰に手を広げ、仕草を真似てみせる。
「ナチュラルはコーディネーターを妬んで攻撃をしかけた。血のバレンタインの悲劇を直視なさい。
私たちの、あなたのいうどれほど尊い人命が失われたのでしょう!
講話を求めてもナチュラルは私達を同じ『人間』とは認めず、青き正常なる世界のためにと謳っている!
青き正常なる世界とは、一体何?元々私達を生み出したのは誰?」

みるみる彼女の顔色が変わる。
「……それは!」
「害する者は排除する。それがナチュラルだというのならば」
「違う!そうではないわ!」
「……本当に?誰が知れるというの?一体この世界の誰が?」
もう一人の彼女は一気に続ける。
「…―――――お父様だけが?」
彼女ははっと息を呑んだ。
華麗な舞いを踊るように、暗闇を高低、重力を一切拒絶し縦横無尽にもう一人の彼女は移動して、艶美な微笑を声高に投げかけた。
「コーディネーターによるコーディネーターの為の利害と危機を一手に引き受け、
人々の中にさも自然に溶け込み、判決を下す最も内なる正義と悪として生み出されたのは誰?」
「…………ラ、クス」苦渋に満ちた彼女をいたぶるように益々激しさを増した鈴の口調は愉悦そのもので、哀れみなど一髪もない。彼女を見下ろすもう一人の彼女は軽やかに飛び降り、彼女に歩み寄ってくる。
暗い顔で押し黙る彼女。
「そう、私達ですわ。それこそが私達の存在意義」
覗き込んで、紅の唇がつりあがる。
「そうでしょう?ラクス」
「…………イヤ」刻限が迫る。秒針が針の筵のように柔肌に切先を突きたてる。
そして突き立てるのは、もう一人の彼女。俯き、ただただ恐怖に震える彼女。
「だから私達のこの世界とも永遠の別離の時よ。ラクス」
「……嫌よ!」

「さようなら。私の、唯一無二のファミリィ」
一方的に告げると、足元にさも当然のように穿たれる暗澹たる永劫の闇夜へと頭から転落し、姿を形作る湛える光ですら息を殺していく。
「…………嫌!!」絶叫して精一杯に手を伸ばす。
届かないと承知していながら、それでも無為な行動だとは認めず縋りつくも、もう一人の彼女はやがて視覚化できぬ粒子となり、さらさらと砂塵の中に消滅していく。
涙が、落ちた。
どちらかは分からない。
涙滴が一雫、ぽつりと二人のために構築された世界を照らすように羽を広げ、爛々と瞬いた。
それは正しく生命の炎そのもの。
彼女は胸をかき抱き、声にならぬ悲鳴を上げた。
心臓を鋭利な刃物で引き裂かれるような、死をも予感させるほどの激痛が目鼻口手足胸頬、余す所なく襲いくる。
「――――――――っあああ!!」
腕につき立てられた爪は皮膚を裂き、赤い血が白い肌にじわりじわりと滲み出して掻き毟るような指先はあまりの衝撃に堪えきれず痙攣を引き起す。
五指の爪の合間は瞬く間に鮮血に詰まり、溢れかえる血液は一筋の川へと幾重にも伝わっていく。
いっそ死んでしまいたいほどの苦痛だというのに、けれど私は己の死すら自分の意志で望むことすら許されない。
粛々と彼女は分離されていく己を肌身に感じながら、カプセルの中で瞳を見開いていた。
大勢の意志をなくした者達が遠ざかっていく足音。
無機質な光源が網膜を焼いた。胸の空洞からえもいわれぬ寒気が去来する。
真実永久の別離に幼い彼女は号泣した。涙が止まらない。








じっとりとした不快感の中、ラクスはゆっくりと目を覚ました。
手足は夢から覚めた今も尚不自然に強張り、息が弾んでいる。
そして奇妙な直感に背筋が総毛立ち、あたかも電流が走っているかのような熱が倦怠感の残る彼女の体を苛んだ。
嫌悪に顔を顰めながらラクスは上体を起すと、
「………………!!」
瞬間に予期した。脳内が混乱する。
違和●感馬鹿な違□和×感違○和抜違@和阿呆感α違■和感×違不安和?感恐怖。
高速度で流動する意味不明の羅列にラクスは頭を抱えて苦渋にうめいた。
情報の氾濫の海に溺れる彼女は、最中理由は誰に指摘されるでもなくラクス自身が最も、誰よりも正確に深遠に察していた。
ベッドを抜け出し、壁を伝いながら鼻筋を汗が詰っていくのを拭いもせず。
おぼつかぬ足取りで彼女は平衡感覚の欠如された世界を、今にも崩壊しかからんとする世界を精一杯に踏ん張った。
足裏は嫌な汗が付きまとう。
迷うまでもなく彼女は一直線にその場へと向かう。鼓動そのままにどくどくと跳ね回る視界は、赤色へと侵食されていった。
不整脈に呼吸が荒くなりながら、ようやく金属の堅いドアノブに手がかかる。極度の緊張に喉が乾く押し下げるにはあまりにも弱弱しい力を振り絞って、ラクスは人影のある扉を開けた。
待ち構えていたように、愛し、恐怖し、求めてやまない彼女がこちらを同じ色の瞳で見つめている。
―――――――ああ、やはり貴女は。

「久しぶりですね……ラクス」
二人は微笑を交わした。全く相違のない笑顔で、空気は張り詰めたまま事切れそうな中で。







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