みんながたべものをうばいあうなかに、おなかがすいていも、がまんするいきものがいました。 なんびゃくねんもなんぜんねんもがまんしてからだはやせほそり、ついにはしにかけていました。 しずかになったなあと、みみをすましましたが、しんとしずまりかえっています。 くうふくのためか、いしきももうろうとして、めをあけてもみることができません。 しずまりかえっているなかまたちは、もはやだれひとりとしていきていませんでした。 みんなうばいあいをくりかえして、やがてしんでしまったのでした。 たべものはすっかりすなとなって、さらさらかぜにまいおどっています。 // D N A - 4 私が目を覚ますと――――――毎度と言っても過言ではないだろう、こちら覗き込む若い男女がいた。 とても穏やかな瞳で私たちを見つめる彼らが、私は大好きだったけれど、隣の私は知らん振りを決め込んでいる。 『―――――鬱陶しい。さっさとどこかにいっちゃえばいいのに』 『どうしてそんなことをいうの?私は大好き』 『私は大嫌い』 隣の私はいつもそう苦しげな心中で無理に吐き捨てる。 私には理解できない事が、まるで隣の私にはすべて理解できていているよう。 同じ存在なのに同じではない存在。疑念を抱いたところで、私はいつも眠くなる。 目を閉じる時、私はもう彼らと会えないかもしれないと毎度危惧していたけれど、寂しくはなかった。私は一人ではなかったから。 あの日までは、一人ではなかったから。 たとえ目開けて全てが滅びていても、隣の私が笑えば一人ではない。 * 『少し、お話はできますか?』 「……………」 キラは混乱しながらも、どこか超然と構える自分の視線を首筋に感じていた。 心底震えるほどの困惑と想像が彼を揺さぶっているというのに、確かに同時もしないキラがいて、何を慌てた振りをしているんだと忍び笑いまで窺える。首を振って端末中の二対の宝石と視線を交える。 どこか懐かしく、哀しい。幼い無邪気な子供の声が、遠く遥か彼方へと消え去っていった。 『キラ様、……お返事は?』 催促をねだる甘い声音は首を傾げ、頬を綻ばせる。 ラクスありのままの鋳型までとはいかずとも、重なる面影、似て非なる造作。 「……どうぞ」 端末から玄関を開ける一連の動作を無意識の内に行っていた。 彼の声は堅かったが敵意は髪一筋、微塵もない。 はっと我にかえれば開放された玄関に佇む彼女を出迎えている自分。 今の今まで催眠にでもかかっていたかのような感覚に、キラは最小限の動揺の許容として、拳を軽く握り締めた。訳の分からぬこの感情に震えてしまわぬ程度に。 キラの隠蔽すらも彼女は察しているようで、どこか意味ありげな視線を彼に投げかけて、「ありがとうございます。キラ様」 嘲笑うかのようにラクスとまるで同じ声音で、同じ容姿で、同じ口端をつりあげる角度で、 向かい合う少女は微笑みを浮かべた。 「上がっても構いませんか?」 初見の客人としては些か図々しいともいえる発言にも、 「………どう、ぞ」キラは滑らかに応じていた。また気が付けば。 普段気にとめもしない重力がここぞとばかりに存在を誇示させ、無言の強要を彼に迫るかのような、 現実的ではない話だったが、キラは意図せずそれほど当然の如く無防備に動いていて、何者かに操られているのではないか、そう考えれば辻褄が合うと決め付けてしまいたかったのかもしれない。 * キラはリビングに彼女を通し、希望通りコーヒーにたっぷりのミルクを加えてぐるぐるかき混ぜながら、はっきりと自我を保てる時間に頭を整理していた。 為すべきこと、訊ねねばならないこと。多くあるはずだ、倫理上存在してはならぬはずのもう一人の彼女を。 こんなにも簡単な、当人を前にすれば口から零れ落ちそうな質問をあらかじめ準備しなければならないのは自分でも不可思議だったが彼女に対していると まるでクルーゼとラクス―――二人と対峙しているかのような奇妙な既視感に襲われる。 昂揚感と嫌悪が一斉に浴びせられたような錯覚にでも陥っているから思考が硬直してしまうのだろうか。 キッチンを出ると、客応対用一式のセットを手に、短い廊下を歩く。 跳ねる心臓と反し凍りついた無表情。やたら時が鈍足に思えた。 部屋に入ると、ソファに腰掛ける彼女はこちらを振り向きも、微動だにもせず、じっと正面を見据えて座っていた。 キラも特に声をかけることなく、小さなテーブルを境界として彼女と相対した。 外は真昼の太陽が南中を下ったばかりの明度だというのに、この家は不気味なほど静まり返る。 居もしない生き物がじっと息を殺して部屋の片隅から監視されているかのような気がする。 陶器特有の音を持ち上げ、彼女はコーヒーを一口飲んだ。 時間を少しでも増やすためミルク加減はキラ任せとなっていたが、特に気にも留めぬ様子で、膝上でコーヒーカップを回した。彼女はずっと笑みを含んでいる。 「………私はお元気ですか?」 「………ええ」 妙な会話だった。 けれど違和感はない。確かに目の前の彼女とラクスは、一つでありながら存在は二つ。 失笑も驚愕もなく、キラは事実を円滑に受け止めている。 キラもコーヒーに手をつけたが、一向に味がしない。匂いが僅かに喉から鼻奥へと舞い上がったが、なお明確にコーヒーとは判別しかねた。 「…あの子は、また大変だったのでしょうね。私は気にしていないというのに」 冷静に物事を推し量り、ラクスの状況まで言い当てた彼女は、血液の通らない白すぎる肌を少しだけ紅に染める。 瞬間。 チリチリと焼け焦げ視界が朱に染まったのは怒り故か嫉妬ゆえか、それとも。 「君は、誰なんですか?」 ためらいがちに、けれどはっきりとした声でキラは挑む目つきで言い放つ。肩が前に出ていた。 あらあら、と子供を宥めすかすように彼女は目を瞠り、やがてゆっくりとこの現実を楽しむように愉悦に浸る面持ちで返答した。 「私は、ラクス・クラインですわ」 言葉はそこで終わったが、キラは返す気は更々ない。 そうではないと完全否定できるからだ。 例え雰囲気姿は似か寄ろうとも彼にとって、『ラクス』という人間は世界にたった一人だ。 これだけは天地が逆転しても揺らがぬ、何もかもが頼りの無い現在今、唯一盲信する確信だった。 見つめ合う二人。けれども彼が『ラクス』と交える甘さや隙は一切許諾しない切迫した不透明な空間。 ―――………合格ですわ。 彼女は小さく、満足気に呟いた。 ようやく膝上からコーヒーカップをテーブルへと戻すと、あれほど立っていた湯気がほんの数分にも数十時間にも思える時によって息を絶っていた。 彼女の体が息を吸い込んで反り返る。輝く青の瞳。色合いは夜闇のよう。 凛とした百合の音が力強く静寂に刻んだ。 「ただ人の手により、一人を二つに切り分けられた、その片割れ。存在してはならぬはずの人間」 普通のコーディネーターよりも、ブルーコスモスの標的となるのは的を射ているのでしょうねと抑揚なく言い放ち唇に手を添え艶然と笑う。 「貴方とお揃いですわ、キラ・ヤマト」 next |