むかしむかし、のちに「ひと」なづけられるいきものは、もともとはひとつでした。
ほしにちゃくりくしたさまざまなぐうぜんがまざりあって、そしていきものがうまれました。










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真夜中にラクスは度々魘される事が前々から多くあった。
キラが最初に気付いたのは、ふいに目が覚めて自室を抜け出し、乾いた喉をキッチンでミネラルウォーターで潤している時だった。

「や……、も……っ」
夜の静けさ特有のノイズにどこからか悲痛な声が微かに混じる。
キラはペットボトルを口から離し、他にこの家に誰がいようはずもない―――すぐに声の持ち主は知れた。
「……ラクス?」
普段気丈な彼女からは考えられぬほど弱弱しく、消え入りそうな声にキラは無性に不安を煽られる。それこそ本当にラクスがどこかへ行ってしまうのではないかと不可思議な希薄さを感じるといてもたっても居られず、先導されるように足早にスリッパを走らせた。
「ラクス!」
無断で入ることに躊躇もせず彼女の部屋の扉を開けて、ベッドにある人影にほっと息をつく。ちゃんといる。彼女の姿を目にとめ、キラは安堵した。あの焦燥感は何だったのだろうか。
ベッドサイドに歩み寄り、床に膝をついた。
彼女が肩を並べない世界などもはや考えようもない。
しかし、「ラクス?」
キラの顔色が変わった。
彼が予想した寝顔は、彼女は昼間の穏やかなそれではなかった。
眉を顰め、薄っすらと額に汗を浮かべ尋常ではない苦悶の表情を浮かべている。
悪夢を見ているにしてはあまりにも悲愴な、地上の草の根臨界点まで
張り詰めた泉が今にも決壊してしまいそうな危うさに、キラはラクスの肩を揺らした。
「ラクス!」
彼女の左手は硬く握りこまれ、触れればカタカタと震えていた。
白い手首に突き立てられた爪から流れ出す赤がじわりと手の皺を辿り、濡らす。
「ラクス、ラクス」
与えられる振動に、ラクスはゆるゆると薄く瞼を開いた。
悲しみが一杯に湛えられた星空から、流れ星が一筋、頬に零れ落ちる。
「キ…ラ」
そうして紡がれる唇は青ざめていて、キラは壊れてしまわぬように横たわるラクスに
覆い被さるよう抱きしめる。これ以上、彼女の低い体温が、失われていく彼女が零れ落ちないようにだ。

「ラクス、大丈夫だよ……もう夢は終わったんだ」
空ろな瞳は涙に潤み、キラを大きく投影する。
ラクスは震える腕でキラの腕に手を添える。慈愛はなく、ただ縋りつくように。
「キラ……お願いです、傍に、いてください」
「傍にいるよ」
「私…………忘れたわけではないの。あなたのことはいつも、いつだって私はっ……!」
掠れた声が悲鳴をあげる。末尾は消え入り、耳傍で聞くキラにも届かない。
キラは『あなた』が自分を指してではないことを察したけれど、繋ぎとめることをやめようとはしなかった。

ただ少しでもラクスが楽になるようにと、一晩中キラはラクスを抱きしめた。
自分がかつてそうしてもらった。トクトクと刻まれる心臓は、確かにラクスが生きている証。
更に寄り添えばほら、重なる命の和音。
精一杯に注がれた愛情を今度は彼女へ。
ラクスが夢に夜に、怯え、震える訳をキラはまだ何も知らなかった。
また根底でよもや奇妙な臍の緒が自身の足元に垂れていることなど知る由もない。
闇に葬られた、人の飽くなき欲望の産物は最高のコーディネーターといつの日か称された、自身だけではなかったということも。

迫りくる。過去からの追尾と絶望は、今だ尚。







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