ソフィーはテーブルに頬杖ついて難しい顔をしたまま、もうかれこれ、数時間もたったでしょうか。
じいっと短い星の光に染まった髪を一つまみして凝視しています。
鬼気迫るものが感じられて、マルクルがこの箒どこにしまうのーと駆け寄ってきてもあまりの無駄にある迫力に尻ごんで結局後にしようと自室へこもってしまい、カルシファーは薪がそろそろなくなりそうだし買ってきてくれよと頼んでもまた妙な発せられる負のオーラに当てられて言うのをやめてしまいました。
おばあちゃんは気にするでもなく、カルシファーに「きれいだねえ」と呟きかけては、膝の上に偉そうに鎮座しているヒンの背を撫でています。
カルシファーは荒地の魔女ということで以前は警戒していましたが、身も自由となったこともあり、今ではさして気にするでもありませんが、見つめられているのはやはり落ち着かないものらしく、「あんまり見ないでくれよ」と青い顔をしたりしました。

ハウルは今日もどこかへ出かけていて、ソフィーは行き先をとりあえずは聞いているようでしたが、マルクルとカルシファーは知りません。
自分で声をかけることを断念してしまったマルクルは、どうしようがないので大抵ソフィーの不機嫌の原因元となっているハウルの帰りを階段に腰掛けてじいっと待って仲直りを待っています。
マルクル達には以前のように言う必要もないと思っているのか、聞きもしないかぎり自分からは言いません。多分面倒臭いからとか、そういう簡単すぎる理由なのは想像に難いところです。


そうこうしているうちにシャキンと金音を立てて色円盤が回りました。
マルクルとカルシファーは顔を上げて反応しましたが、ソフィーはそれでも構わず相変わらず髪の先を枝毛でも探すように見つめています。
「ただいまー」
機嫌よさそうに帰ってきた城の主は、なにやら手元を紙袋でいっぱいにして慌しく石段を駆け上ってひょっこり床へ顔を出しました。誰かを探しているようです。
無表情で腰掛けている目的の人物を見つけると、重い荷物をテーブルに巨大な音を立てていい加減に置いたハウルが両腕を広げて喜びのポーズをとりました。
「ああ、ソフィー!君に……!って」
どうやらハウルもソフィーの異変に気が付いたようです。
自分を見てもいない不透明な瞳に、そのまま何をやらかしたかと決まりの悪さで胸をいっぱいにぴたりと固まってしまいました。

しかし数秒たつと、ソフィーはようやく城の主の帰宅に気が付いたようで、怒るでも何でもないように…むしろどうでもよさそうに言いました。
「ああ、ハウル。おかえりなさい……」と少し顔を上げただけで、また髪をつまんで俯いてしまいます。
マルクルは目を瞬かせました。どうやらハウルに怒っているわけではないようです。
そうと知れれば不本意な扱いにハウルが黙っているはずもありません。
殺していた息を吐き出したハウルは、いささか激しくテーブルに手をつきました。
バン!
飛び跳ねるようにソフィーが目を丸くしてハウルを見返します。
「どうしたの」
「どうしたのじゃないよ!こっちが聞きたいくらいさ!僕が戻ったっていうのに何だいその冷たいあしらいは!」
「え、ああ………考えことしてただけよ」
「何の」
なんとかして聞き出そうとハウルはテーブルを乗り越えて大きく身を乗り出しました。
息が触れそうな近距離にソフィーが逆にたじろいでしまいます。
「ええと、そんな大したことじゃないんだけど……」
「マルクル!大したことじゃなかったのかい?」
唐突に話を振られたマルクルまでもびっくり肩をはねましたが、すぐに質問を理解して回答へととりかかりました。
「いいえ。ソフィーは何時間もさっきの恰好のままぼんやりしてました」
「ほら!さあ何があったんだい?話してごらん。掃除好きの君が手元も動かさずにただじっとしているなんて異常事態としか言えないよ」
「いくらなんでも言いすぎだと思うわ」
カルシファーとマルクルも口にはしませんでしたがそこまで深刻ではないと思いました。
「そんなことはないよ。さあ!」
強く催促されて、ソフィーは怪訝な顔をしつつも隠すまでもないことなので、気圧されながら言葉を紡ぎました。
「…あのね、カルシファーに髪をあげちゃったんだけど、そのあと毛先も整えてなかったからボサボサだなあと思って」
ある程度横髪を鏡とにらめっこで切ってはみたものの、やはり自分で整えるには限度があるのだと実感したので、レティーでも訊ねようかどうしようかと迷っていたのだ、とたじろぎながら言うと。
顎をさすってそうかなあと不思議そうにソフィーの髪を見つめて、やがてぽんと手を叩きました。

「僕が切ってあげよう!」
「いーや」
「いいじゃないか!」
「い・や・よ!」

「…僕以前大変なことになりましたしね…」
「おいらが魔法で整えてやろうか?」
「あ、お願いするわ!」
「ソフィー!!」





fin.