ああ、なんてことだ!
お決まりの大仰な仕草で嘆くハウルをソフィーは何ら変わらず平然として、「はいはい何?」と濡れた手を拭いながら椅子に腰掛ける彼に近寄っていきます。
風呂に入ったばかりのハウルの髪は卵色で些か艶が褪せているように見えますし、何より黒い影が辺りを這いずりまわっていて相当不気味です。
機嫌が最悪なのは言わずと知れました。尤も、予告などする人間ならば最初から闇の精霊やら得体の知れぬものを無意識にでも呼び出しはしないでしょうが。
「またやっかいな呪いをかけられたんだ!ベンめ、しくじりやがって!」
ハウルは悪態付きます。
王室付き魔法使いに導いたのはソフィーだけに彼女に直接的な非はないとはいえ、居心地の悪い思いがします。ハウルは今更彼女を糾弾などしはしないでしょうがヘトヘトになって帰宅する夫は辛そうです。
「何の呪いなの?」
努めて気が咎めるのを押し隠しました。
「ああよく聞いてくれたよ奥さん!ベンが女グセの悪い旦那をなんとかしてくれとジャスティン王子の奥方に頼まれてね」
「まだ懲りてなかったのあの人!」
レティーの時もそうですが美人に弱い王子ならば考えられない話でもありません。
くどき方はハウルよりも酷いとは妹の言でした。身分を隠したところで相手にされるのかしら。

「僕はあんまり馬鹿らしいんで、ベンが王子の予想外にしつこい相手に辟易していてもほっておいた。だけど何でかまじないも効かないってんで多忙な僕まで巻き込まれることになったんだ」
いかにも迷惑そうにハウルが言います。
へえそう、と相槌をうとうと顔をあげると、ソフィーはぎょっとしました。
「気付いたかい?」
ハウルの髪の色が先程とは違い、今度は茶色に変色しています。そしてみるみる内に赤に、今度は黒に。
「随分変わった呪いね」
「君は旦那のことなのになんて冷たい反応!」
「ジャスティン王子はぱっと見好青年に見えるのに、随分と誰かさんを連想させる行動をするものね」
悪魔にどうにか片がついた一件の際、扉脇でサリマンと共に佇む姿を思い返しながら、ソフィーは正直に言いましたが、ハウルは比較されたことが気に召さなかったようで、
「嫌味はいいよソフィー」と口を尖らせます。
事実でしょ!と思いましたが追求しすぎればロクな目にあわないという事をよく承知していたのでぱっと口をつぐみました。甚だ不本意極まりありませんでしたが。
「で、どうしてあんたがとばっちりを受ける羽目になった訳?」
「元々は王子だけにかかるはずだった呪いが僕にまでかかってしまったのさ」
髪を気にしながらハウルは言います。また色が変色し始めていて、紫色にならんばかりに青が毛先からじわりと侵食し始め、ハウルはさすがに顔色をかえて呪文を唱えます。中ほどまで達したというところで、なんとか足取りは停止したようです。
「あら、止まった」
「一時的に時を止めただけだ。呪いについては効果は短期的だ」
苛々とハウルが頭をかきながら口を歪ませました。これはいけない、とソフィーは直感で匂いを嗅ぎ取り、なんとか気を紛らわせてやろうと話を強引に続けます。掃除したばかりの部屋なのです、また妙な魔法でドロドロに汚されでもしたら立ち直れそうにありません。ソフィーは基本的に無計画で、短期集中型なのですから。
頼りの集中力は現在売切れです。最悪明日まで放置という事態にもなりかねません。それは避けたいのです。
「ああと!…なんであんただけなの?ベンが協力してくれと要請したのだから、一緒にやったんでしょう?」
「それは、王子の相手が運悪く魔女だったからさ。『女好きな男を女に笑われるように髪の色を虹色に変えてやれ』っていう呪いがまじない返しで返されたのさ」
ソフィーは半眼になって旦那を睨みつけました。
それはそうでしょう、まさか王宮に『女好きな男』が二人いるとはあちらも思いもよらなかったでしょうが、実際運良く恵まれた気質を持った稀有な二人が選抜されて呪いにかかったのです。
「じゃあ、あんたはよほど『女好きな男』と判断されるくらいにその気質があったのね」
「え。いや、あのソフィー?」
険悪だったハウルがようやく妻の変化にも気が回り始めたようで、怒り任せにべらべらといらぬ真実を話しすぎたことにようやく後悔し始めたようです。
しかしソフィーの頬が引き攣りはやむことはなく、やがて絶対零度を秘めた瞳を細めました。
「知らないわよ。勝手に虹色になってなさい。もう話も聞かない」
「そ、ソフィー!?」
「どうせ呪いなんて数日で解明できるでしょアンタなら」
「いや、でも数日ったってしばらく詰めなきゃ解明できないし食事だって…!」
ハウルは今にも泣きそうな顔をしていますが、ソフィーは知らぬ存ぜぬで王宮へと続く扉を開いてやりました。

「何いってんのよ、王宮に詰めてれば食事くらい出るでしょ!」
「でも」なお縋るハウルですが、ソフィーは正論すぎる正論を吐きました。
「ジャスティン王子だって困るでしょそれじゃ。さ、王室付き魔法使いさんは解明してきなさい!!」
ソフィーは弱みを突かれ、それでも嫌だとソフィーの服を掴んで渋るハウルを扉外へ押し出すと、ばたんと容赦なく扉を閉鎖してしまいました。
ちなみに、『扉よ、ハウルの呪いが解けるまで開けるな。緊急の用がある場合はマイケルに伝えること』とハウルの恩師がかつて強力だと称したまじないをかけて。
ハウルが瞳を潤ませながら壁をぶち破ってソフィーを見るなり、
「奥さん!僕をソフィー欠乏症に陥らせる気かい!?」と批難しながらも抱きついたのはその次の日のお話。






/墓穴






>ひたすらハウルがへたれです。でも後日はラブラブ。と。しっかしハウソフィというかハウル+ソフィーだ…(笑)