膝上でおいおいと泣きまねを続けるハウルを宥めながら、きっとハウルが落としたのだろう。
床に惨めに伏せていた招待状を手に取ると、ソフィーはまず丁寧な字で綴られた文面の前置きを 飛ばして、早速内容に目を通した。
「あら、本当!明日の夜だなんて、随分急なのね…」
視点は日時を通過し、末尾の行へ取り掛かったところで、ソフィーの顔色が徐々に難しい面持ちへと変化していく。
ハウルは相変わらずちゃっかりと柔らかな太腿に頬を埋めたまま、組んだ手枕で高さまで調節して きょろりとサファイアの瞳で上目遣いに窺っている。
「あ。最後のところ読んだ?」
「……………ハウル一人で行くのよね?勿論。王室開催のパーティーなんて、素敵ね!」
ソフィーは手紙を手にしたまま微笑んでいる。ただし素直なそれとは微妙な差異が生じているが、 ハウルは知らん振りで泣きまねを続けている。ちら、と手紙に目配せするハウル。
「でもそのパーティーには同伴でって、あるだろう?」
「何も強制している訳じゃないでしょうし、ハウル、折角先生ともあえるんだから」
なんとか話をそらそうとするソフィーにハウルは負けじと彼女が今しがた折った話の端を掴んでは広げる。
「僕とソフィーは結婚はまだしてないけど婚約関係にあるに等しい恋人同士だよね」
「そうね、そうかもしれないけれど」
「かも!?『かもしれない』だって!?ひどいやソフィー!僕のことを愛していないんだね!?」
繰り広げられる問答にすっかり忘れられているマルクルとカルシファーはまた痴話喧嘩だと、二人肩を落としている。
「そんなこと言ってないわ!」
「言ってるも同然さ!それに僕が一人で行きでもしたらマダムサリマンにからかわれてしまう!!絶望だ…! あの人にだけはそんなネタを掴まれたくないって言うのに!れっきとした僕の『恋人かもしれない』ソフィーが そんな冷たいことを言うだなんて!」
わざとらしく強調して頭を振るハウルにかっとしたソフィーは自ら刺に飛び込んでしまう。
「恋人かもしれないって何よ!?私はあなたのれっきとした恋人…!」
「じゃあ、いいじゃないか。決まり決まり!」
「あれ?」
パンと一人合いの手を打ったハウルは先ほどの悲哀じみた様相とはうって変わり、 燦々と輝かしい光を放つ笑顔を浮かべた。ソフィーはうっと言葉を詰まらせて、頬を染め、瞳をそらせてしまう。
彼女の最後の反論の芽を摘んだハウルは、意気揚揚と数分前とはまるで別人のように軽やかな足取りで階段へ駆け上っていく。
「僕はマダムサリマンと会うのも王室に行くのもどっちも正直嫌なんだけど、ソフィー
がついてきてくれるなら臆病者の僕にも行けそうだ。どうせ断れもしないんだし!ああ明日のソフィーだけが楽しみだ!」
嬉々とそう言い残し、遂にハウルの黒髪すら視界から姿を消してしまった。
「…………あきらめろよソフィー。ハウルの我侭の末路は知ってるだろ?」
暖炉から顔を突き出して、追い縋るように手を浮かせたソフィーに優しく諭すカルシファー。
意味を介したマルクルは苦虫を潰したような顔をした。
「僕、お師匠様のドロドロは嫌だよー。あれ取れないんだもん!」
「大丈夫だって。ハウルはそれに、………多分別のことでも喜んでるんだし」
ぼそりと小さく呟くカルシファーからの「な、ソフィー?」と
駄目押しの痛撃に、ソフィーは苦笑いを返しつつ長いすに腰を落とす。
「いやだわ…王室主催のパーティーだなんて。そんな場違いなところ私行けない…」
諦めはついたようだが、あまりの居心地の悪さにソフィーは憂鬱に溜息をついた。
カルシファーは暢気にぱちぱちと笑い声をあげてソフィーの一睨みを受け、蛇に睨まれた蛙のように青く変わった炎が縮こまってしまう。
「他人事だと思って!」
「あ!ソフィー。パーティーって、ドレス着るんだよね?」
「…そうねドレスね…」
しかも王室である。ソフィーの気だるさに一層拍車をかけるのはその点なのだ。
ということは王様も后も王子も総出演とさぞ豪華客人が揃うのだろうとは容易く予想がつく。
内輪で間々開かれる簡単な食事会とは違い、退屈そうな挨拶周りや、堅苦しい言葉や態度が必要とされ、
さぞ綺麗なご婦人達が普段並ぶだけで目を惹く端麗な容姿をしたハウルを取り巻いてしまうに違いなくて。
考えるだけでイライラとするソフィーは思考が反れていることにも気がつかずに、膝上で指をまごつかせながら思案してしまう。
ハウルと不似合いなのはよく自覚しているけれど、そういった晴れやかな場に出てしまえば目を背けていたい事実を 更に直視してしまいそうで。ソフィーは内心で怯えた。
物思いに耽るソフィーはカルシファーが小声でマルクルに話し掛けた言葉にも、まるで気がつかない。
「ハウルは二階で何してるんだ?」
「お師匠様、前に大荷物抱えて帰ってきてたよね。ソフィーが出かけてる間にこっそり」
「オイラたちにも内緒にしててくれって、えらく秘密にしたがってたしな…」

落ち込むソフィーに二階からハウルの声が飛んだ。
「ソフィー!ちょっと僕の部屋に来て!急いで!!」
「…ソフィー、浮かれたハウルが呼んでるぜ」半眼で呟くカルシファー。
「行った方がいいよきっと。お師匠様の機嫌良いみたいだし」
マルクルがぼんやりしたソフィーを揺さぶる。
「…ソフィー!」
「…………ああ……マルクル。なあに?」
夢から覚めたように空ろな瞳のソフィーに、マルクルは再度反芻させる。
「二階でお師匠様がソフィーを呼んでるよ!部屋に来てだって!機嫌悪くないうちに行ったほうがいいでしょう?」
「あら。そう、そうなの…」
ぼそぼそと相槌を打って、億劫そうに階段へと向かう彼女の背中をマルクルは見遣って カルシファーに囁きかける。
「ソフィーだいじょうぶかなあ…もしかして、具合でも悪いの?」
「ある意味そうなんじゃねえか?」
すっかり勘違いするマルクルに調子を合わせた火の悪魔はすっかり見物人気取りで炎を大きく上げた。
「ハウルが鼻の下伸ばして踊ってるのが目に見えるね!」





/急げ! → その瞬間に感じたこと



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すみません!キリがよかったので1本の文をここで切りました。
ハウソフィというかカルシファーとマルクルの冷やかし隊の話みたいです。(冷やかし隊…?)
次回はかなりハウソフィです。だからこそ持ち越したともいう(笑)
既に数十行できあがっているので、早めの更新を目指します!


05.01.22