一面の花畑、一面の薔薇。 そして貴公子然とした風貌の青年がその赤の海に沈む様は息を呑むほど美しく、またそうであるからこそ逆に儚さと脆さすら露呈させるのだ。 「やぁ…………ソフィー」 「ハウル、何やってるの?」 どこに消えたのかしらとソフィーが探していたところで、もしやと思いついたソフィーがこの秘密の花園に扉の色を合わせてきてみれば案の定ハウルが寝転んでいた。 黒髪と赤薔薇の対比は綺麗だと見惚れると同時に、なぜか嫌悪感もまた胸に擡げるのは何故だろうか。 ソフィーは変ねと自嘲しながら、ハウルの横へ腰を降ろした。 「うーん。昔を思い出してたんだよ」 「昔?」 ハウルが首肯しつつ意味深ににやついた。 「そ。あんたに出会う前。その前。……ま、色事とか?」 「い、ろごとぉ!?」 さすがにソフィーの顔が引き攣る。 素直そのままに過敏に反応した彼女が可笑しくてくくっと堪えて笑いながら、ハウルは星の光に染まった髪へと手を伸ばす。掬う一房を揺るがせば香る、甘い匂い。 「やっぱ昨日ので匂い移っちゃったみたいだね。僕の香水」 「……………ヘンタイ」 「なにそのひっどい言い草!」 「そんな恥ずかしいこと言って誤魔化そうとする人は変態で十分よ」 うろんげな瞳でつとつとと語るソフィーにあながち冗談でもないけど失言だったと頭を抱えてハウルは挽回を狙おうと上体を上げた。 「だって僕はフェミニストなんだよ?当たり前だろ今はともかく」 「…自信満々で偉そうにいうことじゃないと思うわ」 憮然とソフィーがそっぽを向いてしまったので、ああ本当に間抜な壷にでもはまったなと対策を思案しているうちに、ぼんやりとソフィーがやってくる前の思考が割り込みつつあった。 そう。あながち嘘でもなかった。 昔のこと、女性関係を考えていたのは本当なのだ。 すいと首を上げて流れる白雲と青空―――――――まだ叔父の残してくれた小屋で修行をしていた時のことを、ここにいるとやたら鮮明に、まるで昨日のことのように思い出す。 後先など考えもせずただ助けたい一心で行ったカルシファーとの契約。以来喪失した心。 そして出逢った銀色の髪の、幼いハウルから見ても可愛らしい少女との、自分が未来で彼女を待つという約束。 「あんたのお陰で、色んな遠回り食わされたんだよ?分かってる?」 澄みとおった遠い目はソフィーの心をなぜか掻き乱して、体温を上昇させて鼓動が跳ね出して…理由など分かりきっていた。だからこそ沈黙するのだ。 「ねえ。聞いてる?」 催促するように不意討ちで目配せなどするものだから、ソフィーは決まり悪く瞳をそらした。 「分からないわ。主語が、ないもの」 「色々変な経験もしたし、まあ脱線しそうになったことがあったりするけど」 「…するの?」 じとりとした殺気にハウルはびくんと肩を跳ねさせてとりあえず嘘をつけば尚更見透かされて雷が落ちそうなので、上目遣いでソフィーを窺いつつ微妙にゆっくりと頷いた。 面白くなさそうな顔は崩さないものの僕の好きな人はここで癇癪をおこすほど器量がない訳でもないはずで、 「………でも、待たせたのは私だしね」 ぽつりと呟いたのは少し寂しげな顔。 けれどどこか嬉しそうな顔、苦しそうな顔。一体本当はどれなのだろう。 「君の姿は一目しか見ることができなかったよ。でも目に焼きついてたんだ、一目ぼれだったのかも」 「まさか!」 心底違いないとでもいいたげにソフィーがあまりにも断言したのでハウルは嘆息する。 「どうしてそんなに、言葉を返すようだけど自信満々で偉そうにいうの」 「私は一目ぼれされるほど綺麗じゃないもの」 そんなに不思議そうに、真顔で言う台詞じゃないだろう。 呆れ顔でハウルは続ける。 「だーかーら。………僕さ、昨日の夜もさんっざん言ったじゃないか!あれ全部嘘だと思ってるのかい!?」 「あんなの場のノリじゃないの!」 「はあ!?…あんた、もう無茶苦茶だ!」ハウルは忌々しげに吐き捨てるとがっくりとうなだれる。 「こんなんじゃ、もうどうなんだろう」 物思いを馳せた遠い過去、もう今では数多の女性達の影を仕舞い込んで、ハウルは額に手を当てて肩を竦める。 「何が?」 「いや……………だからー」 ソフィーはどのような展開を迎えるか蚊の音ほどの予期もせぬまま歯切れの悪いハウルに言を催促する。 「なあに?」 「今更なんだけど、ずっと迷ってたんだけど?」 僕らしくもなく、とがりがり頭を掻いて息を吸い込んで胸を存分に膨らすと、はあ〜と神妙な面持ちで吐き出した。 窺うような面持ちのまま、弱虫の魔法使いは相変わらず語尾上がりのまま、おずおずとこう切り出したのだ。 「…僕と結婚しない?」 「―――――――ハウルはやっぱり臆病よ。順番間違えてるもの」 「僕はことあんたにかけては臆病なのさ。そりゃあもう、一層ね」 /花びらに囲まれて ------------------ ハウルのぼんやり考えてた間の話はやるつもりです。 映画ハウルは「まだしてなかったのかよ!」というくらいちょっと間の抜けたのが可愛らしいんでは。 |