He was plucking the petals one by one, repeating,
‘He loves me; he loves me not,' as he did so.
「……て、恥ずかしい例文!!」
ハウエルはまじまじと見入っていた自分への恥じらいを誤魔化すように埃にまみれ薄汚れた昔の教科書を放り投げた。
落下地点がまた埃が溜まっていたので、微風の拍子にぶわっと舞い上がった空気に激しく咳き込んだ。彼は「愛してる」「愛してない」と言いながら、花びらを1つ1つむしっていた?
まるで女性だ。馬鹿らしい。




「ハウエルは赤い糸〜なんて、信じるか?」
汗まみれの友人ミハイルからミネラルウォーターのボトルを雑に投げられて、壁に背もたれていたハウエルはあっちの方向へ飛んでいこうとするのを目に留めると、焦るでもなく腕で掻くとボトルにゴムでもついたかのように一瞬くん、と宙で停止し、大人しく彼の手元へと引き寄せられる。ミハイルは気が付かない。
丁度良い木々の日陰にどしりとミハイルも並んで腰を据えた。高校から付き合いのある馴染みきった彼の、いつものポジション。
「なにそれ。僕に聞いてどうすんの?」
滑り落ちる汗に水分を供与され張り付く金髪をかきあげて片手間にキャップを開けるとからからの喉を水で潤す。
途端にぴたりとボトルを仰いだ体制のまま止まって、ゆるゆると落ちる腕からは露骨な渋面が覗いた。
「なにこれ……なんで冷えてないわけ」
上手い水の条件は冷えてることなのに、と恨めしげにぶつぶつぼやくと、
「あー。そりゃマネージャーのユイリーのせいだろ。新米だから」
と、ミハイルが言えば、あれほど如実な嫌悪はころっと一変。
「そっか、ユイリーなら仕方ないなあ」と女なら一発で蕩けそうな笑顔で一度地面にボトルを落として汗を拭き始めた。
…分かりやすい奴。
半眼でミハイルは口つぼんでハウルを窺った。
確かに細面でキレーな顔で口も巧くて長身で、よくもここまで選りすぐりのパーツが揃いも揃ったなと感嘆してしまう訳だけれども、正直性格はどうなんだろうと思わざるえない。友人贔屓を加味しても、だ。
「お前女となるところっと変わるよなー…ホント」
「美しい女性にいつだって罪はないのさ」
「クサッ!」
「でも似合うだろ?」
「……まーな」ケッとやさぐれ気味に吐き捨てれば、ハウエルはけたけたと笑い始める。
こうしていれば面倒くさがりで散々講義のノートを貸してやったり今日鞄忘れてきたーと根底から呑気な、いいんだか悪いんだか分からないような……とにかくはた迷惑な性分らしくとも、陽気な良い奴で終わるところなんだろうが。
「僕今日ユイリーと食事に行くんだよ!」
こういうところがいけない。
嬉々とするハウエルに、汗を滲ませてミハイルはやたらと妙な間合いで勘が良い自分を呪いながら、記憶中枢もっと役立つことを詰め込んでくれよと思いつつも、一応訊ねてみる。
「お前さー…昨日はサリーと街で買い物してたんじゃなかったのかよ」
「ああ。別れたんだ昨日!」
聞いてくれるかい?と憐れっぽく呟いて大仰にぱんと額に手を当てて泣く真似事までして糾弾してくる彼が同時に熱そうにラグビー部のユニフォーム首元をぱたぱたさせているものだから説得力にかけているも、普段なら完璧な演技力で人(主に女)を騙すのが得意技なのだ。ふざけた奴だと思いきやなかなか侮れない。
「あんなにサリーもお前に熱上げてたじゃん!なんでそんなイキナリ」
「うーん………なんていうか、僕が急につまんなそうになったからだって」
「なにそれ」
「『あなたといる時のほうが寂しいわ』だって!もはや常套句だね!ビンタまで喰らっちゃって痛かったなあ」
顎をさすって、それとも嫌がらせかなーと独り心地るハウエルに、ミハイルは確かになあと思い当たる節幾つかを並べ立ててみた。
「確かにお前、なんか女好きそうなのに、付き合いだすと淡白になるよなー」
「……なに、僕、君となんか付き合ったことないよ。気持ち悪いな」嫌そうに首を竦めるハウエル。
「バカ!違うって!なんか街で見かけてもさ。楽しそうで楽しくなさそうなんだもん、お前」
「………………そうかい?」
やや沈黙を持って答えたハウエルに、ミハイルは珍獣でも見るかのような変な顔をしたので、微妙な怒気をこめたハウエルが「何その顔」とふてくされると、「いやーさー…」ミハイルはキャップを開けるのを口実に目線をそらせて生ぬるい水を含んだ。
確かに炎天下の中では殊更不味くて、うえっと舌を出す。
「言いたいことあるのならはっきりいいなよ」
「ハウエルも自覚あんだね。一応」
「まあね。なんていうかさ………付き合いだすと哀しくなるんだよね。これが」
ふっと本当の彼の憂いの帯びた無表情はまるで別人だった。
影を帯びた彼の素顔を垣間見てしまったように思えて、そっと目をそらす。
土壌にはキャップを閉め忘れたミハイルのペットボトルが倒れていて、溢れ出る水に緑葉が一片舞い落ち反射した木漏れ日に輝いていた。
「……はぁ……意味わかんねーな……」
罰の悪そうに茶を濁して結局ミハイルはやり過ごした。

ハウエルは立ち上がりタオルで顔や首を一通り拭うと、ミハイルの頭めがけて放り投げた。
咄嗟によけたところで抗議の口を開けてミハイルが見上げると、そこには先ほどの影は見る形もなくいつもの無邪気な青年の笑顔に戻っていた。
手酷い扱いを受けても、ミハイルが知る明るいいつもハウエルに再会できたようで嬉しくて、「……おいっ!」不自然に弾んだ抗議となってしまった。
ミハイルに背を向け、グラウンドへと歩き出したハウエルは友人の見送りに右手をひらひらさせながら赤い糸か、と思いを巡らせた。そんな人が居たら良い。
僕と今はまだ出会っていない女性は繋がっていて、きっといつか出会えたり、望んでやまない馬鹿げた奇跡が待っていると良い。
でも、と呟きながらハウエルは木々を通り抜けて一気に瞳孔を焼いてくれる激しい日差しに晒される中で、形の良い顎を滑り落ちた汗を拭う。
「…本当の僕を見て、全てを知って好きになってくれる女性なんていないのさ」
ハウエルは歌いながら逆光の中へと消えていった。

He loves me ,or .. he loves me not?

「♪」






/赤い糸






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SSSの中の人と実は同一人物だったりして。
ミハイルはオリジナルです。「友人」の一人称に努めようかとも思ったのですが、なかなかしゃべってくれるので適当に思いついた名前がつきました。
こういうガキっぽいハウルはやたら書いてて楽しいです。
魔法のことも臆病なことも孤独も言いたいことも我侭も全部曝け出して付き合える女性なんてソフィーくらいかなあと。そうであったら素敵。(そしてそうだと盲信)