ハウルはガス灯一つの、しかも少し離れた薄闇と空間となっても存在を誇示して輝く星の色に染まったソフィーの髪色を弄びながら、腕の中で胸に顔を埋めさせてかっちりと硬直している彼女の肩に顎を軽く乗せた。
この仕草は獣が獲物に噛み付く動作に似ているなあと気楽に巡らせているが、ソフィーの耳が真っ赤になっていることも、微弱に震えていることも手に取るように分かっていた。
「ハウル……、どうしてあんなことしたの?」
「さて。どうしてだろうね?」
批難がましいソフィーに、ハウルはまたぬるぬるうなぎでのらりくらりと逃げていく。
「あんたには分かるかな?」
僕がこんなに苛立っていて、僕がこんなにあんたを馬鹿みたいに慕っていて、その上。
ソフィーは拒絶するようにぎゅっと目を瞑って、けれど離さないでと腕を掴む。
相反した行動は無意識のうちに行われていたので、ソフィーには自覚すらもたらされなかったが、ハウルは場違いにも微笑を零した。
「……………ハウルだって、散々してたことじゃないの?」
「だからって君がわざわざ知らない男に尻尾振ってやることじゃないじゃないか」
「なんだか、不条理だわ………あっ」
はっとそれを気付いたソフィーが壁際に追い詰められた子犬のようにベッドの上で身じろぎをすると、ぎしりと木製が悲鳴をあげた。
「だめだよ」物言わさぬ傲慢さでハウルは身を反らして床に足を伸ばそうと試みる妻の背中を抱きとめる。

「僕に虫がつくのは当たり前としても、君に虫がついたり君がおかしな奴に酔った勢いで取り入って危ない目にあったりするのはいただけないなあ」
「お、怒ってるの?でも大丈夫だったし、私綺麗でもないも」
「ソフィー」
人差し指を立たせて言外に黙りなさいと残して、ふわり。
「む」
ソフィーの妙な末尾を最後にしばし沈黙する空間。ソフィーの頬が徐々に上気していく。
開いたままの瞳孔はじわじわと収縮し、やがて閉じることも叶わず瞳をそらす。
触れそうなほど間近で窺うハウルはすっかり視界を塞いでいる。
見れば見るほど綺麗すぎる容貌。
「………………」
「………………」
鼻腔に品の良い香が香る。啄ばまれる唇の生々しい感触も、深くまで蝕まれる口内も、どれもこれも不快のようで、どれもこれも幸せで嬉しくてたまらない。
それでもソフィーは応えずに蝋人形となって凝り固まる。
呆れた様にふとハウルは息をついて、唇を開放した。銀の糸がつうと一筋伝い、酷く淫乱に感じてソフィーはまた赤くなる。
「僕がこんなにも込めた愛情からでるお言葉はなにかな?」
赤らんだ顔のままソフィーはくいとハウルの耳を軽く引っ張って傍に引き寄せると、
「   」
「……………」
蚊の音が鼓膜傍で囁かれ、ハウルはまだ実際虫の居所は悪かったが、次の瞬間に口を塞がれて返される激しい感情に、まあいいかなと単純に受け流して珍しく積極的なソフィーに相乗してちゃっかり美味しく参戦するのだった。
「君が無意識に男を誘ってもいつでも僕が振り払ってあげる」
「けれど、貴方が誘っているんじゃ私ばかり不当じゃないの」
「大丈夫。僕は心を与えてくれたあんたしか愛せないって、そういつだって相場が決まってるのさ」

だからいつまでも君に関する限りでは浅ましい僕でいさせて。






fin./浅ましい僕




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何も考えず打っていたら、意外などんでん返して不透明な展開となりました。
この前のお話、解明編は近々にでも。映画設定なのに、ソフィーがやけに強いなあ。