「花びらに囲まれて」でハウルが考えていた過去模造話です。 やたらハウルがよくへたれていたり、昔の話なので他の女となんかやだーという方はご遠慮くださいませ。なお、基本ハウソフィは鉄の掟です。 *「真夏の夜の夢、誰の夢?」の続編です。 本格的に「他の女と〜」という下り部分が効いています。ご注意ください。 「……んっ、あぁ!……ン」 「……………っ」 その瞬間だけ天使はいた。 確かにいたんだ。実体として僕の前に。 真夏の夜の夢の続きはある。 気分が落ち着かない限りはいつだって。僕にはあるのだ。 まるで道化のように、馬鹿みたいに。 一段落着いて男とは思えないほど極めこまやかな肌が乾く頃には、女は決まって煙草を吸っているような気がする。真っ暗な中に今は地球外に墜落中の太陽色のランプ一つ。 紫煙がくゆるのは不思議と夜目でも視認できるのはなぜだろう、とハウルは思いながら頬にかかる長い金髪を摘んだ。 「あなた、どこを見てるの?」 「君に決まっているだろ」 女ははっと鼻で嘲笑した。名前も知らない女だった。吐息に混じって煙が竜の背中みたいにくねらせて愛しい空気に粉砕されていき、やがて全てが喰らわれた。 「嘘ばっかり。下で女躍らせといて、そのガラス玉みたいなあんたのキレーな目は、私をきれいにすり抜けてるもの」 「まさか」 ハウルは笑った。女と同じ部類の綺麗な微笑で。 この、張り詰めて張り詰めて糸が切れそうな綱の上での名も知らない男と名も知らない女の 関係において嘘は誠と同義。破錠すれば即、ジ・エンド。 ドライすぎる痛々しさだ。今思い出しても目も当てられないほどのささくれ具合だった。 街の通りを深夜ぶらついている美しい彼女等は、ただ顔と体温と寂しさを紛らわす為に同族と傷を舐めあっている。ゴミを漁る野良犬よりも醜くて性質が悪い。 「その子、泣くんじゃないの?坊やがこんなことしてて」 「泣くも何も…………泣きもできないんじゃないかな。まだ」 「辛いの?」 「待ちぼうけすることが?」 「…へえ、待ってるの。こんな酷いこと、その子にしといて」 女は銜え煙草のままベッドの下に落ちた衣服を拾い上げてシーツから足を抜き取ると、恥じるでもなくそのまま背を向けて淡々と身に付けていく。ジジジと焼け焦げる音がする。 100度をゆうに越える温度を慣れた手つきで綿に焦がさぬよう頭をくぐらせて、肩辺りまでの髪を肩に降ろした。 「今まで黙ってたんだけど」 ハウルは手のひらを広げて、じいっと見つめながら言った。予知できる決まりの悪さには目をそらすに限る。 「僕ね、煙草の臭い嫌いなんだ。僕の美しい髪に匂いが移りそうでね」 女の美しい眉間に皺が寄る。 振り下ろされる手のひらが僕の頬に着地するのはあと何秒だろうか。 影が迫る。肌までがランプに透けて夕日色だ。なんたる僕の貪欲なことか。欲を満たしただけでなく自己嫌悪を正当化するための叱咤まで仕掛けるとは。 やっぱり煙草を貶すと怒り出すのはこの界隈に共通するルールだったようだ。 もう呪うように痛む頬も、どうでもいいけれど。不謹慎にも花畑を思い出した。 それもやっぱり、どうでもいいことだろうか。 * つかつか、と神経質そうな靴音が後からつけてきたのにはとっくの昔に気が付いていた。 「ハウル」 呼び止められて、やれやれ足を止める理由ができあがってしまった訳だ。 ハウルは足をそれでもしぶとく数歩歩かせた後、緩慢にターンしてにっこりと笑顔を作った。 「…………マダムサリマン、こんにちは」 初めて世話になった時分よりも一層白髪が増えたような気がする師は、軽くドレスを摘んで優雅に会釈をしてみせる。ユーモアが多分に含まれていることもハウルは承知している。 「ご機嫌はいかがかしら?ハウル。今日も随分と寝不足のようだけれど」 サリマンからの鋭い一手にもハウルは躊躇含まずさらりと返す。 「きっと課題を徹夜でやったからでしょう」 「あなたが私以外の授業の中でとっくにその日に済ませてしまっていることは知っています」 「…僕はそこまで優秀ではありませんよ」 本当はとても優秀だけどね。内心で付け加える。 しかし、本来ほまれるはずの謙遜にも、サリマンは正直に頭を振った。 「あなたは優秀です。こんなことを言うと自惚れる生徒がいるものだからあまり世辞は言わないようにしているのだけれど…」 「ならばおっしゃっても良いのですか?僕は過剰な自惚れ屋ですよ」 誤魔化しはものの見事に失敗したらしい、とハウルは嘆息する。 「自覚があるあなたですからあえて言っているのです。あなたは自分が思うとおり、私の跡目にふさわしいほどに、強い力を持っています」 「――――光栄です。マダムサリマン」 ハウルは一寸の無駄なく極自然に頭を垂れ、すっと両腕で礼儀を示した。 「ですから、みすみすその才能を潰すような行為だけはお止めなさい」 春風のように穏やかだったサリマンの空気が凍りつく。 その場の空間のみ氷河期に突入したかのような肌寒さとサリマンから一斉に放出された仕置きの緑の毒気が正面に立つハウルを舐めるように取り巻いていく。 ハウルは怯むでもなく、腕を突き出すと目に見えぬ渦風が緑を無へとじわじわと侵食し、生えでた透明な人面が牙を剥き出しにして絶叫して最後、留めにサリマンとの合間に張り巡らされた結界を一息に喰らい尽くした。 急激に収束していく風の終焉に、ふわりとハウルの金髪が頬に触れた。 「ご忠告、肝に銘じておきます」 僕でなければ戯れでは済まされないような魔法をよくも使う。 ハウルは師が声をあげて笑い出すのを見つめながら、今度は薄っぺらな笑みの仮面を剥がし表情を消した。 指輪の飾る年輪を重ねた手を口元に添えてサリマンが笑みを潜めると、ハウルは胸にない心臓が奇妙に跳ね上がる音を耳傍で聞いた。 カルシファーと僕との契約すら見透かした師は、以前「時ではないから見逃している」と丁寧に忠言までしてみせたのだから、僕の夜な夜なの情けない行動など手にとるようにわかるのだろう。だというのに恥にも思わないのは僕はどこかの螺子でも外れているのか。 「ハウル。私が心配しているというのにあなたは『やめる』とは言わないのね。その弱さが、将来あなたを追い詰めることとなるでしょう」 「たとえそうでも、今の僕には受け入れることは到底できないでしょう。なにせ、それでは立ってもいられないものですから」 * ハウルは道すがら見つけた生花店で花を買ってみた。 女性に送るでもないが、なんとなく惹かれて一輪だけ購入したのだ。 「今度は夜の子じゃなくて、日なたの子にしよう。それがいい」 手元でくるくると白のマーガレットを回しながら、つい昨夜にぶらついたばかりの街の煉瓦道を踏みしめる。 お日様が赤々と照っている時間のほうが、君を見つけやすいかもしれない。 この時を機に、夜の街はそれ以来ハウルの手慰み場から抹消された。 くたびれた犬の鳴き声のような鼻歌だけが、彼岸花に乗せたメロディーに乗って真夏の炎天下へと墜落していった。 /君以外はいらない。 ------- とりあえずこの映画過去は終了です。 模造、模造につきます。サリマン先生が15という設定上やたら苦しそうな時期に出てきましたが、出すつもりも当初はなかったので無理は当然です。(自覚はあるのです一応) ただこういうやさぐれには、先生のような厳しい人も必要だろうということで、まあ簡単に言えば成り行き(笑)で登場してもらいました。 頭から尻尾までぎっしりへたれへたれなハウルでしたが、いかがでしたでしょうか。 ていうかもう書けば書くほどドツボにはまっていってしまったというか…! ちなみに今回のお題、「君以外はいらない」というのがハウルの本音です。 続き、続きは、ええと。とりあえずなので、後日談などはあるでしょうか。今のところはどちらでも、といった心境です。話の内容が内容ですし。 続き希望などもし万一ありましたら、また拍手に一言放りこんでやって下されば、考えてみたりするやもしれません。(ていうか需要があるのかな情けなさ過ぎるへたれハウル…) ご感想などあれば一言どうぞv → ハウル専用Web拍手 |