「花びらに囲まれて」でハウルが考えていた過去模造話です。
やたらハウルがよくへたれていたり、昔の話なので他の女となんかやだーという方はご遠慮くださいませ。なお、基本ハウソフィは鉄の掟です。





























むせるほどの甘ったるい花の匂いに囲まれていると、やたら魔法学校に在籍していた頃のことを思い出す。
隠れ家兼昼寝場として叔父が残してくれた花園は有効であり、また一目惚れの人への密やかな逢瀬でもあった。あんたには言えないけども、実はあんたに焦がれるあまりに恥ずかしいことも多々あった。でも言える訳がない。僕にしてみれば恰好悪すぎる話だから。






真夏の夜の夢、誰の夢?







「あんたは誰なんだい?」
崖の上から僕がそう訊ねれば、いつでも決まって鈴の音でこう言うのだ。
『未来で待ってて』
ノイズがかった二重の声音を呟いて微笑んだ銀色の髪の少女は、もう手に届く場所に立っていて、魔法学校の制服のままハウルが星空みたいに撒き散らされた淡い光と漆黒の地面にひらりと降り立てば、目の前にもう慕ってやまない少女はいる。
つい最近15になったハウルと少女の身長差は既に歴然としていて、長身の彼の影が小柄な少女の身体をすっぽりと覆っている。
「ねえ、あんたといつになったら会えるの?教えて」
少女は悲しそうに肩までの髪をふるふると震わせると白銀の稜線が軌跡を繋いで弧を描く。星の光みたいだ。
「待ち遠しいんだ。僕は、それさえ教えてくれればいつまでだって待っていられる。
あんたが好きなんだよ。一目なのに、あれだけの出会いで…」
ハウルは目を瞑り、黒髪に指を立てて辛そうにうめく。爪が頭皮に突き立って、痛覚が悲鳴を上げた。呪詛でものたまう様にハウルは息荒く早口にまくしたてた。
「たまんないんだ。会いたいんだ。あの時に僕は魔法で何度も遡っては、君を見つめる。
でも、それだけだ。それしかできない!」
ハウルの噛みあわされる歯がぎしりと音を立てる。少女は哀れむように無言でこちらを見守っているだけだ。
「声が出せないの?話せないの?それとも話したくないの?」
ハウルが悲哀を湛えた瞳を揺らして、縋るように手を伸ばした。
男にしてはすらりと長く白い指が少女の頬にすいと掻く。試すように。
少女は肩を強張らせて、いつまでも見つめていたい可愛らしい顔を背けてしまうと、ハウルは彼女の仕草に拒絶されたと絶望する。
昏いガラス玉の瞳を濁らせて、しばらく沈黙すると、決まって少女の細肩を思いっきり抱き寄せる。 彼女の意志なんかまるで無視して、思うように荒々しく唇を貪るのだ。
優しい香りのする白磁の首筋を吸い、次第に下へ下へと伝っていく。
本能のままに這い回る指先に、吠える少女と僕。純粋に恋焦がれていられた時代は今は遠く、遥か昔。
繰り返し繰り返し。いつも決まって自分勝手に思いを遂げる卑怯なやり口を最悪だと思いながら愉快でたまらない自分も居る。汚辱に満ちた最低な、けれど願ってやまない最高の夢だ。










いつもここで目が覚めた。手探れば決まって開いた花を鷲掴んでいる。
そうしてハウルが苦虫を潰した顔で吐き捨てる台詞は、決まって
「………またか」
憐憫と嫌悪の混ざった最低の気分で空を見上げる。
陽光の元に白雲が流れ、目下には美しい花々が咲き乱れる、初見の者は息を飲むだろう風景とはまるで正反対な自分の汚らわしさはやけに皮肉っぽくて、ハウルは逃れるように目を閉じた。
うーんと背筋を伸ばしながら起き上がると、金髪についた花びらを鬱陶しそうに払いのけた。ひらりと舞う桃色の花弁を一つ掴んで弾いてやれば、暖かなそよ風に乗って高く高く蒼穹へと昇っていく。
「…たまんないよ本当」
起きたら持て余すだけの劣情は行き場がなく荒れ狂うだけで収まるところをしらない。
ただでさえ思慕が募るこの花畑に背を向けてハウルは隠れて寮の自室へと繋いだ扉へと早足で向かう。赤い頬と沈静化しない動悸を内包した感情はドロドロとしていて、はけ口を探して暴れまわる。出口は街へと繰り出したハウルの気のまま、適当に赴く先で決まった。
我ながら最低だと自覚していたが、もうどうしようもないほどに恋情は肥大していくばかりで手の付けようもない。
「……こんなの残酷だ」
恋すれば恋するほど苦しくなるなんて。









/真夏の夜の夢、誰の夢?



→next ?