「……まだいる」
ソフィーはうんざりした様子でそっと花屋を覗き込んで、頭を抱えてはまた覗き込むといった一連の動作を先ほど数分前から挙動不審を続けていた。
マイケルはレティーに会いに行っていて留守、カルシファーは先ほどまで煌々とお決まりの定位置と化した暖炉で燃えていたが、もはや今となっては契約関係、もとい従属関係にはないのだ。
ふと気まぐれに煙突から遊びに出かけては、ふらりと凍える夜半にもなれば戻ってきてくれるのでさほど心配もしていないのだが、
「どうしてこういう時に限って、ハウルは毎度毎度居ないのかしら」
掃除の邪魔は「ボクがこんっなに暇なのにどうして君はそう掃除や炊事やらしていられるんだい?」と唯我自尊ぶりできっちり数日おきにこなしてくれるというのに。ソフィーは心底嘆息した。
「あの野良犬、どこかに行ってくれないかしら」
店前の掃除をしたいというのに、どこからかやってきた大きな黒い野犬がうろついていて、ソフィーは恐々と肩を竦めてなんとか箒を握りしめてはいるものの、バアさん姿の時はともかく、18歳に戻った今となってはあの投げやりな勇気はどこへやら。
すっかり増長してくれた嫌悪感はソフィーを怯えさせていたのだった。
ソフィーも曲がりなりにも魔女だ―――とはいえ、実際のところ、「犬」の「い」を一文字すら口に出すだけでも悪寒が走る。
嫌いなものは嫌いなのだ。どうしようもないとソフィーは密かに胸を張った。
どうしたものかと途方にくれて再びもう何度目かの動作を無意識に再開しようとする―――
と、背後に急激に出現した気配が、ぬっと彼女の肩先から生えて、
「…どうしたのさ、奥さん。青い顔して何か悪い魔法でもまたかけられたのかい」
半眼になってソフィーは驚かせるつもりでもなく、王室付きの仕事が一段楽したのか微妙に疲弊した語尾の覇気も失せたハウルに力説した。
「ええそうよある意味はね。さあハウル、お願いだからあの犬を追い払って。掃除ができないわ」
「あれ?あんたは…………ああそうか」
はっとソフィーは失言に気付き、両手で自分の口を塞いだところでにんまりと意地悪い笑みを浮かべたハウルと視線が絡む。
「もしかして犬人間は大丈夫だったのに、犬はきら…」
「う、うるさい!早く追っ払って!!」
箒をぶんぶん振り回してハウルを店に押し出すと、やれやれといった風に夫は面倒くさそうに金髪を掻き毟りながら指をすいとあちらへ振りぬくと、野犬は誰かに引きずられていくように遠くへ引き下がり、ついには姿が見えなくなった。
ふうと安堵の息をつくソフィーの耳元で、ハウルは何事かを呟くと口笛を吹きながらそそくさと自室へと駆け込んでいってしまった。
残されたソフィーはひたすら顔を赤くして、
「なによ。可愛いねなんて!!」
そんなお世辞ばっかり通用しないわと悪態つくソフィーだったが、裏腹に顔は真っ赤に染まっていて、言葉を完全に裏切っていたのだった。