無意識カレカノ宣言







「望美ってさぁ、彼氏つくんないの?」
「有川ってさぁ、彼女つくんねぇの?」



そんな言葉は、徐々に大人への階段をのぼりはじめた中学生頃から、俄かに飛び出すようになっていた。
いくら幼馴染・お隣同士で両親とも交流が深く、仲が良好とはいえ、異性同士がいつまでも二次性徴前にはただ微笑ましいという形容で許されるはずもなく。次第に妙に冷やかされる関係へと傍目からは勘違いされるようになってきていた、その過渡期であった。

とはいえ、当人たちの感覚としては二次性徴前とまるで変わらないため、付き合ってるのかどこまでいってるのかと、下世話な話で冷やかされても、何もある訳がないのでアホかこいつらと内心思いつつ、話をそらすことに専念していた。


「別に変ってないよ。ただの幼馴染」これは望美の言い分。

「ただの幼馴染だよ。それ以上でもそれ以下でもねぇ」こちらは将臣の言い分。


しかし、観客側としては共に並んで帰宅する姿や教室での仲睦まし気な様子をしっかりと観察していたし、双方の言い分を素直に鵜呑みにするだけの要素が欠如していたため、追及の手を当初は許されず、二人にいくら説明しようとも平穏は訪れなかった。
ところが自体はある時期を境に一変する。
新しく流入した人間もようやく学生生活になじんできた中学2年生の自分になると、少なくても同学年で将臣と望美の関係性をとやかく言う者は減少の一途を辿っていった。

なぜならば―――付き合ってるとか付き合ってないとか、そういう定義で二人をくくるには、あまりにも自然すぎたからだ。





望美は家庭担当の教師が終わりを告げて教室から退場するのを見届けると、窓側の一番後ろにだらしなく座り、ずっと机に突っ伏して眠りこけていた将臣の肩を掴んで、容赦なくぐらぐらと揺さぶった。
将臣は、露骨に不機嫌そうな寝起きの顔を晒し、目を乱暴にこすりながら大あくびをした。
狼藉を働いた人物に視点を合わせると、更に不機嫌さを眉間に刻む。
「何すんだよ」
「だってこうしないと起きないから」
「朝ほどの眠りの深さじゃねーから起きるっての」
不機嫌そうな様子など完全無視を決め込んで弾んだ声をあげる望美を、ちらりと一瞥すると、将臣は再び腕枕の中に浅く伏してしまう。望美は正面にあわただしくしゃがみこむと、将臣のガタイのいい体で占拠されていた机上に上体を大きくのせると、力任せに押しのけて、キラキラとした目をむけた。
将臣は態勢を崩された上に、押しのけられた際に自分の腕で顔面を打ったために、鼻を押さえながら苛立たしく顔をあげざるおえなかった。

「お前!いってぇだろバカ!!!」
望美はごめ〜んアハハハ!と軽く笑い飛ばすと、早速目的を果たそうと素早く話題転換する。
「将臣くん。今日のゲームの続きやろーよ。なんかもうあのBGMが頭の中回って止まんないの!おかしもってくけど、何がいい?」
「………あぁん?」
謝るの適当すぎだろ、と悪態をつきながらも、いつも二人は多少のことなら謝罪さえ挟めば日常に戻れてしまうアバウトなところがあったので、将臣はついつい答えてしまう。

「あー………と。って今日やんのかよ。眠ぃんだよ、お前今日はあれやめてぷよぷよでもしてろ。一人で全消ししてろ!」
完全に将臣はやる気のないいい加減モードだ。
こうなると将臣は本当になかなか動いてくれないため、話にのせることが非常に困難となる。のらりくらりとはぐらかしては、どこかにいってしまったり、いつのまにか丸めこまれてしまったりするのだ。
望美は将臣のけだるい空気を察知したものの、負けるものかとあがくようにぷうと頬を膨らませた。

「何それ!昨日と話違うじゃん!!!気分でころころ言うこと帰るのやめてよ!」
将臣は髪をかきまわしながら大あくびをかみ殺す。
「あ〜〜〜そうだっけか?まー……ど〜〜してもってならさ。やってもいいけど、俺多分コントローラー持ちながら寝るぞ。なかなかおきねーぞ?」
「いいよ別に。放っとくから」
「残念だったな。今日は母さんの帰り遅いから、おばさんに夕食作ってもらうことになってるんだよ!というわけで、俺はちゃんとおきねーとだめなんだよ。それにさ、俺いねーと、お前の大っ好きっっなお手製餃子が焼き始められないぞ?」
「げっ……………そうだったぁ。不覚〜〜〜」
母親が今朝、今日は餃子パーティーよ!とはりきっていたことを思い出した。
そうか、将臣くんもくるからパーティなのか。朝急いでいたから忘れていた。
懊悩する望美を一瞥し、雌雄は決したとばかりに将臣は人をくった笑みを浮かべた。

「そういうわけだから、別に俺の部屋にきてもいいけどゲーム今日はしねーから俺。諦めてお前も寝ろよ」
「私まで寝たら起こす人いないじゃない!」
「譲ならやってくれるさ。じゃ、俺もうちょい寝るわ。ハイおやすみな」
弟もちゃっかりしている兄の性格を遥か以前から把握しているため、兄の読み通り高確率で『兄を弟が起こす』という予言は達成されたであろう。(譲が腹ペコの望美を放置しておけるはずがない、というところまで計算されている)
将臣はポンポン望美の頭を投げやりに撫でつつ、また顔を机に伏せてしまった。
「でも譲くん、最近弓道やり始めたじゃない」
「あ〜〜〜そうだったな、あいつ今日部活か。がんばるね〜俺にゃ無理だ。んじゃオヤスミ」
「おやすみじゃないよ、将臣くん!あと頭重いって!髪ぐしゃぐしゃになるから〜〜!!」
頭の上にのせられたままの骨ばった大きな手のひらをどけようと格闘するが、望美の小さな頭はすっぽりと固定されてしまっているので、なかなか外れない。
「うらうらうら〜〜」
「キャーー!!やめてってば!」
望美の頭を揺さぶる将臣を睨みつけて、腹立ちまぎれに手の甲をつねると、非難の声が上がる。
「お前がさっき人にやったことだろうが!アホ!」
「授業中なのに寝てるほうが悪いんじゃないの!!」







毎度毎度飽きずギャーギャーと繰り返されるじゃれあいを横目に、隣席に集まる男女混合のグループは一様に呆れた笑みを浮かべていた。
一人の男が肩をすくめて、望美の友人に尋ねる。
「なぁ、なんであれで、ああなのに、有川と春日ってつきあってねぇの?」
「さぁ。バカだからなんじゃないの」
何度も繰り返した会話に飽き飽きとしつつ、望美の友人はため息をついた。
「あれじゃどっちにも声かからねーわな。有川イケメン・スポーツ万能・頭いいし面倒見もいいしで、かっなり人気あるのに」
「望美も可愛いし、人当たりいいしスポーツもできるし…まぁ有川君と比べるとだけど微妙だけど、成績も悪くないのに」

仲の良さを見せつけることにより、無意識に周囲に対して手を出すなと牽制しあっている幼馴染二人に対し、からかうより先にこいつらいつまとまるんだよと、皆思わずにはいられないようになっていた。
むしろとっととくっついたほうが、まだじゃれあい(いちゃつきあい)も許せるような気がしてきたのだろう。

「もうあいつら俺らで押してさ、チューでもさせたらどうだよ」
「チューはしてないらしいけど、リビングでゲームやってて二人で寝こけて一泊とかはしてるらしいよ」
「マジで!?どうにかなる何秒前じゃねえかそれ!!」
「まー色気もなんにもないだろうけどね。フッツーにご飯食べながらニコニコ顔で言ってたし」
「はぁ…………有川もムラッとしたりしねーのかね。俺らの年なんて頭の中そんなんばっかよ。ボクチンには理解不能〜〜〜」
死ね!と女子軍団に蹴りをいれられる彼をしり目に、望美の友人はキス寸前というところまで顔を近づけて、真顔で何やら話をしている将臣と望美を見やり、首をかしげる。

(でも有川君はなんとなくわかってやってそうな気もするんだけどね……)
先日、たまたま下校時刻に、昨年入学してきた将臣と年子の弟くんが、異様に仲のいい噂の二人に挟まれて複雑そうな顔をしているのを目撃したことがあった。
そして、なんとか二人の間に入ろうとするも、飄々とした兄にすっかりかわされて望美に将臣がたしなめられているシーンも同時に。
将臣が自覚なしにやってのけているのだとしたら、相当な傍迷惑な天然ということになるが、確かに妙なところで人の気持ちに鈍感なところも見受けられるものの……長年衣食住を共にしてきた弟の思いに気がつかないほど、鈍感なのだろうか?

(実際、あの三人どうなんだろう?)
恋のトライアングラーが形をはっきりと表わすのも、そう遠くないのかもしれない。体の成長と同じように、人とのかかわりにより学び、育っていく心の成熟もとめられないものだから。

「ま。何にせよ、当面の問題として、私たちにとって目の毒よね」
「からかうにも、からかったら『は?』みたいな目で見られると反応に困るしな〜〜」
「早くまとまればいいのに」
「はぁ、まったくまったく」


クラスメートの願いなど知る由もなく、望美と将臣の日常となっているじゃれあいという名の公開ノロケは、今日も相変わらず展開されるのであった。