二人寝床を共にして明ける朝は賭けで始まる。
先に目覚めた勝者は一人ベッドに残されるひもじさを味わう難を逃れ、
後に目覚めれば敗者には肌寒さと虚しさの報いを受ける。

明日の朝は、君が勝つか私が勝つか。
共に過ごす夜が重なる度に放たれるスリル。

明星、女神に微笑まれるのはどちら?






「thrilling」






今日の敗者は、うつ伏せでベッドに転がっていた、寝起きの大変悪い大佐階級の男である。
あえて目線をくれずに指をシーツに滑らせると、案の定そこは冷え切っている。
傍らには皺の付いた女の残痕と、ベッドの傍らに準備された着替えのみ。
どうやら、完敗したらしい。


「また負けた・・」
また、といえば聞こえはいいが、実質正確に言えば「3勝19敗」。
ちなみに現在彼は3連敗中である。
悔しさと寂しさに、ロイはだるい体をうなだれさせた。
彼の甘いマスクも、跳ねた寝癖のお陰で使い物にならなくなっている。


仕事場は散らかすくせに自宅は意外にも身奇麗、という法則に違わず、ロイの部屋はモノトーンを基調としており、シンプルですっきりと片付いている。
正確には最低限の物しか置かれていないので整然と見える、というのが適当かもしれない。
ロイが目線だけで白壁にかけられた壁時計を見遣ると、予定起床時刻よりも若干余裕があった。
しかしここで眠ってしまえば寝坊する線が濃厚だろう。
それは女の思惑通りなのかもしれないし、お小言の種なのかもしれない。


だが、そこまで完敗してやれるほど人も宜しくない。
「起きるか」
決断すれば行動は迅速だ。
たくましい裸身を薄ぼんやりとした朝日にさらし、柔軟を兼ねて伸びをする。
すっかり行き場を失い床に邪魔者扱いされている枕を拾い上げて、シーツ上に戻す。
「?」
と、指に絡まる感覚。
首をかしげ、手のひらを眼前にかざすと、長い金糸が指に絡みついていた。
リザの顔を思い浮かべ、ロイは、
「これくらい情熱的だと嬉しいんだがね」
と失笑すると、いつのまにかベッドに用意されていたシャツを慣れた手つきで羽織ると、
目覚めのシャワーへと重い足を向けた。


さて、昨夜の手土産は喜んでもらえているだろうか?






彼女の自宅である寮から、そう遠くもない東方司令部への出勤。
夜勤明けの者は眠たげに目を晴らし、仮眠室で泥のように睡眠を貪る時刻。

単なる上司と単なる部下は、廊下で偶然ばったりと顔を合わせた。
ごく自然な上下関係を装った男女は手馴れたもので、全てに嘘をつきながら平然とすれ違う。

リザが今朝用意した皺のない軍服に身を包み、颯爽と長い足をを歩かせる男は、
誠実、清潔そのもので、昨夜の色気など微塵も気取らせない。
猫かぶりは彼の得意技だとリザは確信している。


「おはよう中尉」
「おはようございます。大佐」

何事もなく、その日初めてであるはずの接触は、ありふれた光景、ありふれた言葉で
つつがなく終了するはずであった。
が、ロイはすれ違いざまリザの腕を強引に引き寄せる。
「・・・・・・な!?」
驚愕するリザ。
「黙ってくれ」
はにかむロイは、ぴたりとリザの白い首筋に親指を押し当てた。



添えられた指下の頚動脈が、ゆっくりと鼓動を打つ。
平静を取り戻したリザは、ロイに好き勝手にされたまま、淡々と言葉を連ねることに成功した。

「なんですか?」
「喜んでもらえたかね」
「何をです」
「首筋のお土産さ」


リザははっと首に目をやると、頚動脈にくわえられる力が強まり血の流れが止まる。
僅かな痛みと、襲う不快感。
ピクリと形の良い眉が1mm、微弱つり上げられた。



紅のはえられた唇に、口端にかけキツイ弧が描かれる。
ロイは内心失敗したかな、と頭をかいた。
リザはどうやらお気に召さなかったらしい。


「・・・・何でしたら冥土にお持ち帰りされますか?」
「できれば女性同伴だと嬉しいな」
寝た女を?
それともまだ見ぬ源氏の君か?
ロイが手を離した位置を手のひらで隠し、頬をひきつらせた。


「その女性に心底同情します」
「代行は君でも構わないが?」
「遠慮します」


軽口を叩くロイに理由無き焦燥と苛立ちが募る。
リザは昨夜自分にしたように、他の女にもこうして言葉遊びを求め、愉悦してるのだろうか。
そう考えると、この男とだけはますます冥土に詣でたくはなくなってくる。


「いや、もしも君ならば」
「もし私が相手ならば、道連れにされないよう策を講じますが」
「たとえば?」
「相手を射殺します」
「・・・・ナルホド。それは手っ取り早い」
まるで人事だとばかりにあっさり納得するロイ。


「それでは、失礼します!」
リザは半ば自棄気味に言い放つと、足音荒く痣を確認する為に化粧室へと向かった。
憤りに荒くなり、息苦しい呼吸。

なじるように軍靴で床を勇み踏む女。
勝者とばかりに不敵に凱歌を上げる男。





女神に朝日を進呈。
ひねくれた笑みであっけなく完敗する愛憎に花束。
勝つ気のないイカサマの賭けに万歳。








fin.


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ラスト部分、ラップ調にしてみました。(オレンジレンジ聞いてたのよ)
多分実践すると激しくリズム外れると思われます。聞くのは好きだけど歌えない。ムリ。

ロイとリザって、どこか楽しんで付き合ってる気がします。
逆境こそ好物、手軽さは無用!みたいな。
タイトルの「スリリング」ですが、この言葉、やけに大人っぽくていいな。好き。
中島美嘉ファンな私ですが、ロイアイソングだと決め付けてる某曲次回更新予定。
アダっぽさが最高なのよ。