生ぬるい風が吹いていた。
周囲は瞳を潤ませる者もいたようだが、リザとロイの二人は一切の感情を瞬時に消した。
涙腺を緩ませてやるくらいなら、大佐を殴る方がまだ人間的だと考える。

くだらない奴等がいるもんだと同時に、溜息をつかずして何をするんだという如く憂鬱に独り心地た。
珍しく気の合う二人。




「 sit!」





「懐かしいなぁ。あの男、やはり閣下から首を切られたか」
一枚の書類報告書を前に、黒革椅子に深く腰掛けたロイは、感慨深げにリザを手招きしてその書類を差し出した。
リザが背後で忙しく上司があちらこちらに放り投げた上司からの文句状の片付けの名残か、手には丸められた、もはや紙くず化している書簡が握られている。

「これは、確か、あれは・・・・」
「ああ。君と出向いた孤児院に貢物を送っていた、当時大佐だった、あの男だよ」
皮肉気にロイは口端を笑わせた。




ロイ・マスタングの階級が少佐の時代にまで、その記憶は遡る。


軍部には世間の評判を上げておかねば、という不純な動機でかつて孤児院に訪問していた時があった。
大総統には知らされず秘密裏に裏方が、各地で勃発する戦争により、疲弊した軍人の―-―――手っ取り早く言えば人数足しの為だが―――勧誘をも兼ねていた恒例行事であったが、その後誰が大総統に知れるほどのヘマをやったのかは、今となってはうやむやとなっているが。

よほど強烈な記憶なのか、リザは顔を嫌そうに顰める。
「おそらくは、この男でしょうね」
「・・・・・だろうな」



当時から彼の兼ねてからの指名、加えて軍部養成学校から優秀な成績により、リザ・ホークアイはマスタング少佐の側近としてその任についていた。
二人に当時大佐だったその男から、孤児院へ書簡を携えて訪問するよう、直々にロイに命令が下ったのだ。
相変わらず昇進を目指していたロイはこれを快諾し、軍部の思惑を知るリザとしてはあまり気の進む話ではなかったものの、どこまでもマイウェイな上官に、彼女は半ば拉致されるように連行させられたのだった。
ロイがリザを誘うにこじつけた理由がどのようなものだったのかは覚えていないが、随分無理やりな理由だったと記憶している。




ぞろぞろと帯同する軍部安行の羅列群の、とあるある一車。
車中、ロイは向かい合わせのリザにそろそろと機嫌を伺うように訊ねた。
この険悪な雰囲気を打破できないかと思いあぐねるも、不機嫌そうなリザは一向に顔を背けたまま憮然としている。


「まだ、気は乗ってこないか?」
「・・・どちらかといえば」
「正直だな」
「母にもよく褒められました」
ロイは頭を振って嘆息した。
別に彼自身も元々気が乗る話でもなかった。
昇進の二文字がなければ、軍部に入隊すれば安定した生活が得られる、と孤児院にちらつかせる行為になど、本来関わりたくもない。

「それは・・・まぁ私もだが、仕方がないな。我道は自分で切り開くものだ」
自分がやらなければ誰かがやる。断ってもそれは然り。
であれば少しばかり自分の昇進に加担してくれても、天罰は下るまい。

「そうでなければ私は貴方の傍にはいなかったでしょうね」
「取り柄が光るな」
「当然です」

ロイがにっこり笑みをはえてみせると、顔を背けたリザは嘆息した。
何事か呟いて小さく吐き捨てるリザ。



到着すると、別の管轄に所属しているはずの中佐が車から現れ、孤児院の園長と思しき男性から手厚い歓迎ともてなしを受けていた。
大佐に顎でうながされると、なぜこんな男の命令など聞かなければならないんだと内心毒づくロイは、上辺には不服など断片も覗かせずに人好きのする笑顔で脇に携えた書簡を手渡した。


様子を窺ってみれば、大佐は随分ご機嫌のようで、満面の笑みで酒樽を貰い受けている。

ロイは軍規を回顧しつつ、ぼそりとぼやく。
「本来、民間人からの寄付受け取りは禁止のはずだがな」
「あれは寄付ではないそうです。個人への贈り物だそうで」
「・・・なるほど」
物は言いようだ。 解釈の違いで、賄賂はなんとでもなるらしい。
ロイは関心しつつも、別の意味合いで嘆息する。
「溜息をつかないでください」
「君もつけばいいだろう」
「度が過ぎていてつくにつけません」
「・・・・・どうでもいいが、腐臭の付く前に早く抜けだしたいな」
「ごもっともです」



上機嫌の大佐の前に、花束を抱えた一人の少女が歩み出た。
ここでも戦火が上がったと見え、すっかりみすぼらしく成り果てている孤児院とは対照的に、少女の着る薄桃のワンピースは新品そのものである。

「ありがとうございました。軍部のお陰でもうすぐ院の建て直しができます。お仕事頑張ってください」
あの花束は、この戦時下でいくらほどの価値があるのだろうかと思わず値踏みしてしまう。
この地方で正直まともに咲いている花をみる事自体が珍しいというのに。

「ありがとう。君も頑張りなさい」
大佐は一人の孤児の少女の頭を撫でながら、悲哀なのか演出なのか芝居がかった仕草で涙を溜めて雄弁に語った。
さもそれが良い事を自分はいっていて、貴方を親身になって考えてあげているのよという顔で。


「貴方より不幸な人はたくさんいる。だから頑張りなさい。そう思えば貴方はまだまだ頑張れる」
この少女より不幸で頑張っている人を連想したのか、大佐は体を強張らせ、微笑み繕ったのは、傍らに立つリザのみにしか分からなかっただろう。
大佐はこの少女よりも幸福で、懸命に頑張っている人間をでも知っているのだろうか?
少女よりも不幸な人間は、次は誰だろうか。
リザは考える。

相対する少女はにこりと品良く口元を歪ませる。
「・・・・・・・ありがとう」
少女はあらかじめそれだけしか言うなと口酸っぱく言われていた言葉を、園長に言われたように口に出した。
ただ人形が無感動にしゃべる、その程度の言語だった。




リザは悲愴な光景を直視しておれずに俯いた。
少女はまだ笑っている。
いや、笑わされているのか。しかしどちらでも不幸には違いない。

「・・・・哀れな」
「言うな。分かっている」
ロイは優しく労わるように呟いた。
彼は少女の笑顔を一瞥すると、リザの肩を抱きその場から立ち去る。

「私が大総統になればいいだけの話だ」
ロイは泣くように笑って、リザの指にそっと手を絡める。
リザはしばらくすると、笑うように泣いた。







fin.





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最強の暗さです。
これ以上はもうちょっと書けません。暗すぎましたテンション下がる話ですみません。
腐りきった部分ってどこかしら軍部にもあると思うんですよね。訳分からん話です全く。

ゴミ箱からのまさかの復活です。にしてもやっぱり生臭いですが。