キングブラッドレイが大総統に着任してからというものの、さして珍しくもなくなった
―――ひどくありきたりな―――テロ予告が送りつけられた。



ロイは中尉という身分に甘んじながらも、いずれかは上に立つ、
「軍部の変革を自らの手で為してやる」という野望を酒片手にヒューズに話すと、
一瞬拍子抜けし、その後面白そうに笑い声をあげ、「じゃあ下から支えてやるよ」と一つ返事で賛同した親友と共に、 ロイはとりもなおさず土台となる「階級」を手に入れるため、ありとあらゆる功績を立ててきた。

国家錬金術師ということで少佐相当の権力はあるものの、それでは錬金術のみでしか実力がないと軽視されかねない。
後々の毒の因縁は潰しておくものだと先手を打ったロイは、あえて一般軍人と同じように階下につき、曹長、次は少尉、中尉と有利になるあらゆる手段、
多少の荒業にも進んで身を投じ、結果現在にいたるまで順調に階級を積み重ねてきた。

イシュバール人に限らず、現在となっては一般人にも軍部の圧制的な方法にはただでさえ反発が多い。
秘密裏に暗躍するテロ組織が各地に飛散し、息を潜めて反乱の機会を狙っているという情報は、内通者から既に報告されている。
大規模反乱の前には、必ず行動が活発になる。
規模が最大になる時、枠に収まりきらなくなった水が溢れ出すように、何処かしらボロが出るものだ。

そこを軍部が手繰り寄せ、加担者の鼓舞の絶頂に圧倒的な力をもって徹底して叩き潰し、他の組織の気合いをも削ぐ。



実に効率がよく、手を汚さない上層部の判断だ。
だがそれを実行するのは机上の計算のように容易くはいかないのが現場の常日頃の性である。





「現場のことも考えず・・・上は扱いが荒いな全く」

ロイはぶつぶつと文句を垂れつつ、彼率いる第一突入隊は、 まずテロ組織の物的証拠となる爆発物などを押さえるため、天井を這うパイプから水滴漏れる薄暗い地下牢に隠密に突入した。
人数を更に散開させ、数ある扉を次々と開けていく。
ロイは一番突き当たりの部屋の前に進み、抵抗時に応戦するための銃、発火布を油断なく身構える。
扉を蹴り開け、ロイが発火布を向けたその先に、少女はいた。

暗闇の中、腰辺りまでの長い金髪をコンクリート床に広がらせ、
座り込んだ格好のまま真っ直ぐにロイを見あげてくる少女の色素の薄い瞳と鉢合った瞬間。
なぜ私がこんな子供に、と毒づいたことは今だ記憶にも新しい。







「頬杖付きの青年」







あっけなく後ろ手で扉を閉めるには、それなりの緊張とそれなりの懸念を要した。

リザと名乗る少女に保護監察官の変更を求められたがロイはなぜかそれをつっぱね、こうして廊下をまるで何事もなかったかのような振りをして、しかしその実、動揺を押さえきれず地団駄を踏みながらも器用に事務の女性に愛想を振り撒くという偉業をやってのけている。

理由を報告がてら廊下を歩きながらつらつらと考える暇なく、丁度噂の上官から声がかかった。
ロイは歩合い速度を落とし、明るく片手をあげて挨拶する上官と肩を並べる。


「マスタング中尉、先のテロ組織に居た、あの少女はどうだ。君が保護観察官に当たっているのだろう」
「はい。体調は、良さそうでしたが」
態度はいささか剣呑を孕む、との悪印象に繋がる報告は口が裂けても言しない。
「あの少女、亡きホークアイ大将の一人娘だそうだな」
「そうですか。不承知でした」
いささか意外そうに目を瞠って見せるも、これも単なる部下の務めにすぎなかった。

保護した時点で素性を大方洗い出し、既に本人への確認で身元裏づけは取っているが、
気に入られるには些細な点でも微妙に進退に影響を効すものだと実績にかけて主張する。



「お父上は若年ながら立派な方だったが・・・ちと生き急いだのだろうな。惜しい人物をなくしたものだ」
「噂は兼ねがね。さぞ立派な方でしたのでしょうね」
同調し、ロイは頷いてみせた。
ホークアイ大将、という人物は大柄で温和な人だったと、巷では珍しく民間人にも評判の良い軍人だった。
ロイが士官学校時代にも軍部に人徳、実力を兼ね揃えた大物がいるらしい、との風の噂もまことしやかに流れていたものを漏れ聞いた覚えもあるほど、軍部では名を馳せていた有能な男性であったがイシュバール抗争時、軍部側からの流れ弾に不運にも当って殉職し、ニ階級特進で三十台半ばにして大総統の手前の位に当る大将にまで上り詰めたのだと聞く。

その不運がいかなる策を講じられて「不運」に仕立て上げられたのかは、
もはや想像に任せる他ないが。





ロイは話題に乗じ、穏便に報告を済ませてしまおうと執務室到着前に早速、一般的に差し障りない程度の報告を開始した。
この上官は正直あまり好きではない。

「二年前、士官学校を外出した直後、近接する倉庫で爆破テロが起こりまして、その混乱に乗じて誘拐されたそうです」
「かの大将の娘だ。拉致されたのはそれと関係なくはないのだろう?」
「はい。ホークアイ大将の娘と狙いを定めての犯行であったようです」
おそらく軍部の英雄と崇められている娘の拉致を、いとも容易く許したという軍部の汚名が欲しかったのでしょう、との実のところは口を噤む。

「テロに巻き込まれたとされていた令嬢、奇跡の生還か。華のある話だ」
言外でのリザへの痛烈な皮肉に、ロイは密かに失笑した。
テロ組織に拉致されたヒロインは、士官学校へ戻り軍部へ上がれば、名実共に出世街道は約束されるも同然である。

この上官の娘も確かリザと同世代であったはずだ。寝首をかかれるとでも肝を冷やしているのだろう。
しかし、あの子供が出世を望むようなタイプにはとても思えなかった。
竦みたくなるようなたった一度きり交えた眼差しが、不思議と頭から離れない。
違う、気のせいだと頭を振るロイ。


「ホークアイ大将のお嬢さんの進退は、どうなさるおつもりですか」
「そうだな。・・・拉致されてから2年のブランクがあるからな。とりあえず本人に選択の余地を与えるとしようか。
だが母親も幼少の頃に既に亡くなって祖母の元に居たと聞く。余地いうほどの余裕もないがな」
「と、いいますと?」

十中八九、士官学校に出戻りだろうなと予想しつつ、ロイは歩合いを合わせて首を傾げた。





////





「君はホークアイ大将の娘さんだそうだな」
「・・・・・」

ロイが見聞書片手に身元調査報告の最終確認を当人に取っていた矢先に漏らした一言に、
まだ普通だったリザが一転、急に不機嫌さを醸し出し始める。
睨めつけるような瞳を体中に感じたが、手元の書類に目線を走らせたまま彼はそれでもいよいよ集中できなくなり、スペルミスもそろそろ怪しくなってきた為、報告書の作成ペースを大幅に落とした。
やり直しなどそんな面倒なことは御免だ。


「そう呼ばれるのが好きではないのか?立派なお父上だろう」
「・・・だから嫌いなんです。だから私は士官学校に入らなくてはいけませんでしたから」
簡素なベッドの上で膝を折りじっとロイの手元ばかりを見つめるリザは、
しかめ面で腰にまでつく長い金髪を鬱陶しそうに払った。
リザはくすんだ黒のジーンズに、上は白のシャツといういたってラフな衣服を保護された翌朝から身に着けている。
薄汚れているかといえばそうでもなく、どちらかといえば洗いたて、といった方が良いほど伸び放題のざんばらな―――しかし金色の艶は少しも衰えを見せない―――髪以外はいたって身奇麗ではあった。


「君は入学したくなかったのか?」
「父が私が6歳の時に殉職して、それから一人娘の私に期待がかかった。だから入学した。それだけです」
「なぜだ。優秀な方だったそうじゃないか。戦地での武勲も、数多い方だと聞いているが」
「・・・・私は任務だとしても、人殺しの道具だなんて、持ちたくないんです」
そう言ったきり、リザは拒絶する貝のように口を噤んでしまった。


「そうか」
気のない相槌を打つと、ロイは滞っていた報告書の作成を再開する。
しかし沈黙の間、子供にしては世の中をすべて知り尽くしたような、やけに現実的な茶色の瞳がまっすぐにロイに注がれていた。

目を合わせなさい臆病者め、という声が聞こえたような気がしたが、すぐにそれは誤りだと知れた。
回りくどい手を使えるほど彼女は多分、器用ではないしもっと率直な人間だろうと考える。
だからきっと、この子供の訴えたいことではないのだろう。
じゃあ、誰の言葉だ?


「―――・・マスタング中尉?気分でも悪いのですか」
我に返るとロイは、リザの細い手が彼の肩にまで伸びていることに気が付いた。
なぜか訳もわからず動転し、思わず肩から振り払ってしまう。

「い、いや。なんでもない」
「そうですか」
リザはこうしたあしらいにも慣れているのか、傷ついた様子もなく平然と元いたベッドの上へと戻っていく。
ふらふらと長い金髪が揺れるか細い背中は、悠然とするリザをどこか頼り無い年齢相応の少女に見せていた。
ベッドの上に落ち着いたリザに、ロイは報告書にざっと目を通しながら口を開いた。


「君には選択肢が二つある。選んでくれ」
「士官学校に戻るか、一般人に戻るか、ですか?」
「物分かりが良いな。18だ、もう少し賢明さに欠けていて良いくらいだぞ」
「そうでなければ、あの組織の中では生き残れませんでしたから」


そう言うと、すべてを見通すような瞳を持つ少女は、
何かを捨てて得た相貌をそっと細め、少しだけ優しく微笑んだ。






////





「おい、ロイ!」
グラスの中で溶解する氷の音で、ロイは白昼夢から目を覚ました。


ついでに付け加えるならば、親友が肩を揺さぶった振動も一応、
爪弾き程度には作用したのかもしれない。


「・・・・なんだヒューズ」
「なんだじゃねえよ、どうしたんだよ馬鹿みたいにボーッとしやがって」
私服のシャツの胸元から取り出した布で、外した眼鏡を吹きながらヒューズは親友の様子を窺った。
仕事終わりは楽であろうが苦しかろうがお構いなしに、気心の知れたヒューズには態度ですらも面倒だと 手の抜きの限りを尽くすロイだがしかし、今日はいつにもまして愛想が悪い。
というよりも言葉数が少なすぎる。


ロイは無愛想な男でもないし寡黙な男でもなかった。
だからこそ波長もこれほど合うのだろうし、そうでなければ親友と呼べる関係を結ぶこともなかっただろう。 喩え人によって態度差が激しいとはいえ、今日の彼はどこか心此処にあらずといった調子で ぼんやりしすぎている。

理由として一番に思い当たったのは、数週間前には付き合っていると女好きの本人から聞いた民間人の女の事だったが、 ヒューズはそれはないだろうな、と当たりをつけたが、実際にそれは正しかった。

ヒューズが知りうる限り、ロイ・マスタングという男は、
女によく好かれ、よく好くくせに、女とは酒の席まで深刻に考え込んでしまうほど関係が発展する余地もなく ―――おそらくそういった面倒ごとを嫌ってさっさと別れてしまうのだろう―――ので、可能性は限りなく0に近いと考える。


じゃあ軍部で何かやらかしたのか。
平気で非道をもやってのけるロイを心なし心配するヒューズを完全無視して、
ロイは唐突に話題を切り出した。


「私が、保護した子供が一週間の猶予を与えられたんだ。将来これからどうするかの」
「どうするかって、親元に帰してやるんじゃないのか」
ロイは事情を話そうとしたが、リザの父親がホークアイ大将ということもあり、
今だロイと上官以外に知る者はおらず、機密事項とされている。
詳細を言えず、うやむやに言葉を濁すと共に軍属であるヒューズはすぐに事情を察したらしく、苦笑いを浮かべてグラスを傾け、酒を口にする。

ロイは失笑しながら、口に出来る範囲でヒューズに話すことにした。

「・・・いや、内乱で天涯孤独らしいんだ」
「へえ。歳は?」
「18だ。どうやら銃は扱えるらしいから、士官学校に入るという選択肢もあるんだが」
「だが、身内はこの世にいねえんだろ?軍の保護受けるしかねえじゃねえか」
「そういうことになるな」
「・・・・可哀想に」

ヒューズはやるせない顔でどこか悲嘆にくれる親友の顔を横目で見遣り、ヒューズとは微妙に異なった感情からロイは嘆息する。
「今日一晩はとりあえず軍で保護して、明日から一週間は寮の空き部屋で保護するらしいが、その後は」
「レールの上だな」
「ああ」
ロイは酒をあおる。
18歳の子供が既に人生を決められてしまっているなど、なんたる夢のなさだと思ったのだ。


リザがいくら大将の娘とはいえ、身元引受人であるはずの祖母はリザの士官学校時代に内乱に巻き込まれ、既にこの世になく、
唯一彼女の親類が住んでいた街は、リザを拉致した組織による軍との抗争により避難もかなわぬまま、
その街は住民もろとも全滅し、今となっては殺風景な瓦礫と墓所が残るばかりとなっている。


そう、もう選ぶ余地など残されてはいないのだと、
あの賢明な子供ならばすぐに理解できただろう。
だが彼女は泣くでもなく悲しむでもなく笑ってみせた。
祖母も身内も亡くなり、
この世で血縁者は誰一人としていなくなったという現実を突きつけられた時もなお。

彼女は泣くでもなく悲しむでもなく、 士官学校に入学などしたくなかったと言い放った18歳の少女は、ただ微笑んでいた。



その微笑がなぜか、やけに彼の心にひっかかる。
この不安定な時世だ、不運な子供などさほど珍しくもないではないか。
なのになぜ、よりにもよってあんな無愛想な子供のことがこんなにも気にかかる?


ロイは胸の中で、何かがチリチリと焼けるような思いがあった。
そしてそれが何なのかを考えれば考えるほど募っていく不快感に、
苛立たしさを感じずにはいられなかった。







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SEED連載と文字数が大差なくなってきた5000字突破。恐ろしい!
シリアス長編魔のあたしの本領発揮ですね。いやあ。
ノリにのってくるとサクサク書けるんですが、ちょっとほったらかすと書けなくなるのが不思議。

だー!でもあの部分が入れられなかった!次回に後回し。
ヒューズとロイってなんとなく酒飲み仲間な印象が強いです。なんでだろ。
完結まで、えーと後、4話くらい?よく分かんないです。
2ケタはさすがに勘弁してよとはあたしの本音。(笑)