「kalme」





「持ってみろ」
言われて、リザは放り投げられた鉛の短銃を胸で受け取った。ガツンと胸に着地する。
鈍器で殴られたように息が吐けず、巻き起こる吐き気をなんとか堪えた。


身奇麗とはとてもいえない中年の男が、銃を片手に乾いた高笑いをした。
「吐かなかったか。珍しい。鍛えがいがあるな」
「拉致しておいてよく言うわね」
敬語をなどたとえ拳を見舞われようとも使用しない。
自分は完全なる被害者であり、自分を拉致したこいつらはは完全なる加害者、犯罪者なのだ。
なぜ上っ面だけでも頭を垂れてやらなければならない。


睨みつけると、三十代ほどの男は面白そうに下卑た笑みを浮かべて少し考え込む。


「・・・・・お前の目は、鷹の目みたいだな。人を威圧するような、刺し殺すような。お前の仇名にしようか」
「嬉しいわね。あなた達に名を呼ばれるなんて耐えられない苦痛だものね」
「はっ、生意気な小娘だ。まあいい」

廃工場だという薄暗いここには、名残か土管があちこちに転がっている。
赤土色のそれに腰をすえると、指南役の男は空っぽの眼でリザに目をとめる。
「俺にも娘がいてな。生きてりゃ『鷹の目』くらいには成長したんだろうな」


この男の事情など知ったことではない。
リザは口内で噛み殺して、やけにリアルな人型の的に銃口を定める。
右から100センチ、130センチ、150センチ、170センチ、190センチ、220センチ。
あらゆる体格を想定し製作された黒塗りの的の顔は鋭利な刃物か何かで見るも無残に切りつけられている。
リザは慄きもせず、まっすぐに憎悪の念こもる的を直視した。男の方には振り向かない。



「人を、殺させる気なのね」
「そうだ。仕立ててやろう。一発で息の根を止める、見据えただけで相手を殺す。本当の『鷹の目』としてな」
男の目に狂喜の色が見え隠れし、リザを焼き殺さんばかりにそれは照りつけたが、彼女は体面では頷いておき、内面では一切拒絶した。
とりあえずは、生きる為に。
死ぬことはすぐにでもできる。だが私の命は使い切りだ。
有効な使い道を模索しようとリザは思う。


発砲。
痺れる手に、反動の衝撃は予想よりも大きく、小柄な体は容易く振り回された。
嫌悪感を覚える耳鳴りとともに、男の下卑た笑い声が一層リザの不快感を深めさせる。


「はははは!!やっぱりな、いくら鷹の目でも」
「教えて」
虚をつかれたように、男は目を見開いた。
しばし見定めるような目つきでなめまわされるも、リザは平然と受け止める。
男はやがてしゃがれた顎を乱暴にさすった。
にんやりと口端をつりあげる。
「・・・やる気マンマンだな。いいだろう。その調子で軍の野郎も片付けてくれ!」


リザはそう言う事で、自分をか弱い小娘だと見下す男の腰を上げさせた。
うらぶれた影が廃工場の崩れかけた屋根から差し込む光が湾曲させ、異様な形を作り出す。

とりあえずはこの男の顔を頭の中で的に貼り付けて、練習する。
身の安全を保障される意味でも逃げ出すにしても、きっとそれからでも遅くはない。
殺される危険性はこれで半減された。


「お願いするわ」
リザは今はまだ馴染みのない銃の重さを両手一杯に感じながら、にっこりと人好きのする笑みを浮かべた。
最後には逃げる方法も、手段もすべてを根こそぎ奪い去って。
すっからかんになるくらいにこの小娘が吸い尽くしてやる。







fin.





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前々から呟いてた「ワイルドリザ」話です。もうワイルド&ハングリー精神強い軍人のような屈強さ。
拉致されていた時代のリザは、設定では16歳くらい。実は既に軍の士官学校には入学してます。
銃撃訓練はまだ始まってなかったみたいですね。助け出されるのは18歳。
2年間のブランクの間の話も書きたいんだけど、これまた思いっきり暗くなりそう。(汗)