嫌な感じがした。
すーすーというか、すかすかというか、とにかくハッとさせられる、あの独特の感覚だ。
とはいえ下手に反応は起こせない。

ニヤニヤと笑いながら背後に立つ気配がある限り、リザはさり気なくにも行動に出るつもりはない。
あとしばらくの辛抱だ。
どうせなら知らぬ存ぜぬを通してやろうと心に決める。

全く、この男はいつも嫌がることを率先してやりたがる。
悪趣味な。





「 a desire to love and be loved in return 」






「中尉、髪に何かついている」
東方司令部通信室に、事件の連絡を受け取っていたリザに背後からロイが大きく声を投げやった。
椅子に座り通信機を耳に、何十人もが忙しなく通達される事件や報告を受けて書き留めている。
毎度のことながら頻繁になる通信機のベルがうるさく、よほどの至近距離でもなければ聞き取りにくい。

「大佐?なんですか?」
「だから、髪に―――・・」
ロイとリザの距離は、ロイが入って一番奥、中央の専用デスクに構えるロイから、
5区ほどに区分けされている中、デスクの2区目あたりに立つリザとの距離は6メートルほど。
静かな空間ならばともかく、各地からの報告、申告云々を一手に引き受ける通信室に置いては、音声伝達は難しい。

しばらくなんとかロイの声を拾おうと努力するも、やはりこのままでは無理だと断念した。
リザは部下にそう急がない報告を一旦保留させ、黒の皮椅子に腰掛ける上官の前に立つ。

「なんでしょうか。先日仕分けた書類が終わったというご報告でしたら嬉しいのですが」
痛い所をつくリザに、冷や汗をかきつつ、こめかみを親指でかく。
「・・・残念ながらそれは至難の業だ」
「そうではなければなんですか」
早く言え、と安にリザの鋭さを秘めた剣呑な瞳が訴えている。

ロイは部下の意向を汲み取りひどくストレートに訊ねた。
「今は忙しいのか?」
「・・・いえ、さほどは」
「私への気遣いではなく?」
いちいち分かりきっていることをこねかえすのは面白がっているからに違いない。
そう思いつつも、リザは律儀に頷いてみせた。

「はい」


それは本当のことだった。
通信室にいるということは、よほどの事態でない限りは一息つく間くらいはあるという事実に他ならない。
スカーの男も姿を消して数日、ハボック率いる即興調査隊が捜索を続行しているとはいえ、他の者まで支障をきたすほどでもなかった。
今日に至っては普段と比較すれば珍しくも仕事量は半分、大事は今のところない。

有能なリザは早々、午前中にも今日の分のデスクワークを片付けてしまってから期限が迫る同僚の報告書整理を手伝ってやり、通信部はいつもながら忙しかろうと、情報を記載した書類を回収に来る通信官を待たずにリザ自ら持ち込みにきたほどだ。
今日は定時どおりに上がれたら、残り少ないブラックハヤテ号のドッグフードでも買いに行こうと思っている。

「だったらいい。ところで、君の髪に何かがついているのだが」
「どこですか」
だったらいい、との言葉にひっかかりを覚えつつも、とりあえず今上司に指摘されていることを先決とした。
「そこだ。耳の少し上」
アバウトに指差すロイに、リザは金髪に探るよう指を這わせる。
「違う、もっと右だ」
うろうろと移動させる。
「今度は左だ」
「上だといっているだろう」
そんなこんなで数分間何処も違う、違うと連発され続け、さすがに痺れが切れる。
リザは手っ取り早くロイに後頭部が見えるよう後ろを向いた。
「大佐、お手数ですがお願いします」
「・・触ってもいいのかね?」
「最低限、短時間にお願いします」
一般思想とは差異のある微妙なニュアンスを感じ取ったリサは冷ややかに切り捨てた。
大人数がひしめく通信室内で必要以上の接触はないだろうものの、警戒しすぎるに越したことはない。


そう言っている間にロイの手が髪に触れる。
一体何がついていたんだろうか、と気にかかりながらじっと彼の手が離れるのをリザは待っていると、
ロイのもう片方の手が満を持して行動を起こした。


「!!」
バチンと控えめに音がなる。
途端に上半身に走る、唐突すぎる違和感。
すかすかと背後が開け放たれた。
そう、正にそれが的確な表現。
リザの凛々しい眉が、鬼の如くつり上がり、荒げられる声。

「大佐・・!!」
「なんだね?」
肩越しにリザが睨みつけるも、ロイは無関係、とばかりに飄々と見返すばかり。
無関係なわけがないではないか。
取ったのは髪についたゴミでもなければ糸くずでもなく、下着のホック。
すかすかする背中と不自然に緩くなった締め付けが、後ろに立つ加害者よりも雄弁に物語ってくれる。
リザは込みあがってくる怒りと羞恥心を理性を総動員してなんとか押さえつけ、何度か深呼吸をする。

「どうした中尉?」
完全無視して息を吸い込み。吐く。
リザはその1セットを繰り返した。

とりあえず、落ち着け。
下手な身振りは禁物だと過去の苦渋から学んでいるではないか。
後日つけこまれて手痛い思いをするのは回避したい。
それになによりも、羞恥心を煽るようリザに手を下したこの男には、張本人だけでは悟られたくない。
とにかく、一刻も早くお手洗いに向かわなければ。
そう、それだけでいい。

しさえすればこの嫌な感じもすぐに収まるのだから。
行動パターンを失敗せぬよう何度も往復確認する。
落ち着かせたところで、リザは振り返ると、妙に迫力のある屈託のない満面の笑みで言った。


「今後、背後にお気をつけ下さい」
「待ってるよ。中尉」
リザが笑顔が一転、忌々しげに口元をゆがめたが、 すぐさま何事もなかったかのようにポーカーフェイスへとひた戻ると早足に通信室を後にしていった。


すぐ傍の区画で仕事に勤しんでいたフュリー曹長が、通信機片手にロイに声をかける。
「どうかしたんですか、大佐?もしかして、また中尉を怒らせたんですか・・?」
「いいや。吉報を知らせたのだよ」
ロイは含み笑いをしたまま着席し、背もたれに体重をかけられ悲鳴をあげる椅子を 尻目に、こくりと愉快そうに頷いてみせた。



君は私を悪趣味だと言うが、私自身は随分趣味がいいと自負している。





fin.




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a desire to love and be loved in return =「愛し愛されたい」

悪趣味通り越してアクドイヨ大佐。
それにかみ合ってないよ、タイトルと内容が。
今回はなんだかロイがおイタやってますが、それも愛情なのよ。(ただし内密的で微妙に歪んだ)
おちゃらけた交流も、タイトル通りな思いだから、許されてる?のよ。こじつけくさい。
完全にお遊び話です。女特有のこと。
何にせよイチャイチャは楽しいので、これからもやっちゃいます。(笑)