小雨がさめざめと降りそそぐ中。

ロイは濡れるに気にせずコートなしでは震え上がる寒さにあって、
一人多大な迷いと落胆と不安とがない交ぜになったような複雑な面持ちで佇んでいた。

無駄だと決め付けては何事もできないし、そもそも始まらないではないか。
彼は拳を握り締めた。
意気込んで―――大半無駄だと諦めつつも、だが一応自身を叱咤激励し、
発火布を装着した指を擦ってみる。

擦ってみた。

「・・・・・・・」


沈黙は彼が答えるよりも雄弁に語る。
沈黙は実に理にかなっている。





「rainy」




梅雨前線が地上を蜘蛛の巣の如く張り巡らせる雨季に突入した。
科学を持ってしても雨を止ませる事は出来ない。
ならば病ませる事はできるか。

ロイは大量の仕事を前に頭をかかえるでもなく、頬杖風情で面倒くさそうな顔をして
彼はある意味哲学の域だと言える、埒の開かない考えにふけり込んでいた。


「たとえば雨が女性だったならば、彼女を私に病ませる自信があるな」
「なにを馬鹿なことを」

執務室に引っ込んでサイン済みの書類を投げ捨てるロイの悪癖を睥睨しつつ、コーヒーを入れていたリザは辛辣に断言する。
彼女にはまるで容赦と「よ」の字もない。
いっそ爽快感すら感じつつ立場を考慮し一応ロイは苦言した。


「一応私は上司なんだがね」
「一応貴方は上司なのですけれど?」

そう言いつつ、リザは飛散した紙切れを拾い集め、大きめの執務机端に整頓して寄せ置いた。
彼女の秀麗な眉目がキリリと窄められる。
ロイは肩をひきつらせ、一瞬で瞳をそらした。

「キリキリ仕事してください」
「馬鹿はひどいなぁ」
頭をガリガリと掻き回すロイ。
彼は都合が悪くなるとどこかしら体をいじり出す。その癖は世間では無名だがリザの中では有名である。

「では今後控えますから仕事してください」
「うーん。哲学的な問題だな」
「明快な問題です」
ペンをぐるぐると弄び始めたロイを見遣り、盛大な溜息をついた。

ロイはリザとの戯れにまんざらでもなさそうに笑いながら、しばらく見張っていようという魂胆か、まだまだ散らばっている書類と格闘するリザの細い背中を見つめた。
抱き寄せでもしたら、それこそ折れそてしまいそうな。

「君は、痩せているな」

この軍服は、どちらかといえば着やせ出来るような代物ではなく、逆に若干おおらかにすら見える。
そのはずであり、彼女がわざわざ特注モノをあつらえでもしない限り例外なく適応される法則であるはずだが、リザはそれ尚痩せてみえる。
華奢すぎるのだ。リザは。

「食事はきちんと取っていますから問題ありません」
「吸収されていないんじゃないのか?もっと肉をつけた方が体力面でも分があるぞ」
「・・・男性に対してならばともかく、その発言は女性には嫌われますよ」
嫌われる?
彼女に?
ロイは内心怯んだが、まさかと余裕無く頭をかき回して焦りを粉砕するもしきれなず声が上ずる。
「し、失言だったな。すまない」
「相手が私で良かったですね」
刺のある口調にロイがたじろぐ。
リザは一瞬だけ、愉快そうに微笑んだ。

「あ」
「何ですか」
仏頂面に戻ったリザが冷静に聞き返す。
「今笑っただろう」
「・・・・・そうでしたか?」
「そうだ」
「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません」
「そうだといっている」
またリザはふっと微笑む。

「ほら、そうじゃないか」
「理解しかねます」

鬱陶しい沈黙の雨が降っている。
彼女に無能だと宣告された日が脳裏に蘇った。

無駄と決め付けていては何事も出来ない。
だったら、後悔してから泣いたって遅くはないだろう?



「明日食事でもどうかね?」
こちらを向いたまま、リザは目を瞠った。
確実に生じたペースの崩れに、屈託なく微笑むロイ。

「何か予定でも?」
「・・・その前に目の前の仕事を終わらせることが先決でしょう」
「終わらせよう。だから、どうだ?」
「・・・・・」
「君の健康も心配だ。いい店を紹介しよう」



沈黙は彼女が答えるよりも雄弁に語る。
沈黙は実に理にかなっている。






fin.




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更新停止中に関わらず更新!
いやだってさすがに10日以上はヤバイだろと思いまして。
これ書いたの自体はもう20日くらい前なんですが、ちょっと修正してUP。
一番ロイアイとしてはベターなんじゃないかなこういうの。お出かけ編も書いてみたいですけどね。

「彩」がなんだか人気ありそうな感じなので、書いてみようかなーという気になってます。
何話で終わるのか検討もついていないのが長編魔としてじゃ末恐ろしいトコです!(ヒー!)