予告なしに唐突に開け放たれた扉を、少女は食い入るように見つめていた。 いや実際相手の立場から見れば私は無表情で、眼光の鋭いと評判の目で相手の出方を窺っているとでも思われているだろうか。 光の中から現れた人は、黒髪の青年だった。 暗い一室に舞い込む幾重もの光の筋がよって髪の一糸一糸を端正な顔立ちに際立たせている。 何が面白いのか、青年も私を凝視している。 絡む視線と視線。 漆黒の瞳と茶の瞳。 「綺麗」という言葉が似合う人だ。 ・・・男のくせに。 リザは未知なる一点に心を囚われていながらまだ自身も気付かぬままに、そう考える。 「囚われの姫」 青年の後に来た同じ制服の男に手助けられたリザはそのまま外で待機していたと思しき車に乗せられ、東方司令部へと搬送された。 後部座席に乗り込んだ際に、数年間行動を共にしていた仲間数人と彼らを引き連れたリーダー格の男が銃を構えた軍人と対峙している光景がミラー越しに見えたが、リザはそのまま目線を落とす。 テロ組織内部で軍部の情け容赦ない評判を嫌というほど聞かされていたリザは彼らを想像する以前に打ち切り、目をくれたきり直視することができなかった。 拉致されたという点では無論情の余地はないが、彼らも人間だ。 見届ける勇気は持ち合わせていないが、やはりそれでも気になってしまう。 「あの人達は、どう、なるんです・・か?」 隣に腕組んで座る男にふと訊ねてみれば、またもやあの青年でぎょっとする。 リザに目を向けぬまま、青年は少し考える素振りを見せた後静かに「抵抗しなければひょっとしたら生きていられるかもしれない」とだけ呟いた。 東方司令部に到着すると、青年に着き添えられ直行した簡素な仮眠部屋に放りこまれた。 数時間前まで自分が居た部屋に比べればまともな電灯があるだけよほどマシだと言えたが、まともな調度品といえばベットのみ。 白塗りのコンクリート壁に囲われた部屋の寒々しさは身を置くにも如何ともしがたい。 「少し休みたまえ」 青年将校が扉を閉めて気遣いの欠片もない声音で言う。 どうでもいいが、この青年はやたら自信満々だ。 リザは癇に障る男だ、と思いながら、彼に目もくれてやらないままベッドに腰掛けた。 「・・・よく寝たので、眠くもありません。何もしていないので疲れてもいませんし」 テロ組織で年中かかさず実施されていた銃撃訓練すらもまだ行われていない早朝を狙ってだろう。 まだ夜も明けきらぬ頃に軍部は隠密突入をかけたのだ。 リザは慟音で目覚めるまで、地下室でまだ眠っていた。 「そうか、それは残念だ。それでは2時間後くらいに事情を聞かせてもらえるだろうか。 あの組織のこと、情報のすべてを、だ。私もその後が色々立て込んでいてね」 青年は困った風な素振りをしてみせたが、実際困ってもいないのだろう。 紙袋を携えたままぶらぶらと手のひらをふっているのを目の端に確認した。 「私はすぐでも構いませんが」 「では今から始めよう」 配慮なしにさらりと言い放つと、青年はさっさと紙袋から書類を取り出して部屋端の安っぽい立て型パイプ椅子を持ち上げて座りこんだ。 やはり互いに目は合わさぬまま、淡々と質問が開始される。 唯一彩色のある地味な緑色のます目床を見ることにもいい加減飽き飽きし、無意識下に青年の顔を避け視野を巡らすと、彼の骨ばった指が目に入る。 男の無骨な、大きな手。 リザとの応答に応じ、それがさらさらと丁寧に動く。 「名前は?」 「・・・リザ=ホークアイ」 「リザ、か。いい名前だ。子供には是非君の名前をつけるとしよう」 「それはどうも」 見かけに違わず軽薄な男だ。 内心、嫌悪感にうずうずする。 そういえば彼とは初対面時に視線を交えたきり、一度も目を合わせていないのだとようやく考え始めた。 いや、そんなことはどうだっていいことだ。 この男が気にいらないし、相手だってそうなのだろう。ならばそれはそれでいい。 どうせ長い付き合いにはならないだろうから。 しばらく淡々と組織内部、部隊構成、爆弾の保管庫など質疑が続き、いつしかリザはベッドの上で膝を抱いていた。 疲労ではない。 耳馴染みの良い、青年の低い声を聞いていると、自然とまぶたが重くなってくるのだ。 まるで、そう。比喩えて言うならば、夢の中にいるような心地。 あまり組織内ではしゃべることが許可されなかったからだろうか、と彼女はこの無意味な安堵の理由を模索する。 「ではこれで最後だ」 パタン、と青年が広げていた調書が音を立てて閉じられ、リザは一気に現実に引き戻される。 気付けば青年が間近にまで迫っていた。 リザはようやく彼の顔を直視したが、青年は相変わらず顔はそっぽを向いたまま、彼女の一歩手前に佇んでいる。 「私の名前はロイ・マスタング。階級は中尉だ。今は」 「――――――・・今は?」 リザは怪訝に聞き返した。 「そう。今は」 不可解な行動にあっけにとられていながらも、リザの表情は依然平静としている。 何年にも渡り、拉致されてからテロ組織内で、そう訓練されてきたのだ。 ロイの心の動向は理解はできなかったが、やがて彼はふっと微笑した。 ただし優しさや甘さはまるでない。 世界の王にでもなったかような、ふてぶてしい笑い方で。 「私はそう遠くないうちに大総統になる。そして軍部の全権を手に入れるからだ。今は腰掛けの地位に過ぎない」 ロイは綺麗な顔と一線を隔した狙いしめるような遠い遠い瞳で、無機質な白い天井を見据えた。 リザも同様に天井を見上げてみる。 そこには何もないと知っているのに、もしかしたら何かあるかもしれないと期待してつられてしまった。 彼の瞳が、あまりにも真摯だったものだから。 「・・・どうしてそんなことを私に言うんですか?」 ロイは優雅に目を伏せた。 このロイという男は眉目が筆でなぞった様に整っている。 どうしようもなく、リザは彼が綺麗な男だと思う。男のくせに「綺麗」が似合う。 「どうしてかな・・・分からんが言いたくなった。君には」 「その発言は、まずいのではないですか。軍人は忠誠が第一の大総統の犬どもだ、と組織からは聞かされていましたが」 「正直だな、君は。そこまで図星をつかれては、私は何も言うことができないじゃないか」 そう言うと、ロイは穏やかに笑った。 鼓動が跳ね上がる。 リザは咄嗟に視線をそらす。 なぜかとても落ち着かず、乱れた心をいさめるよう、腰まで伸びっぱなしの金髪を弄んだ。 『いつでも平常心を、一片の曇りをも見せるな。悟らせればやられる』 よりにもよってあのテロ組織の心情を噛み締めつつ、リザは 唇を力いっぱいにかみしめて紛れない気を紛らわせようと努めた。 「綺麗な男」論は却下だ。 本当にこの男は自分にとっては鬼門なのだと悔しくも感じてしまう。 嫌いだ嫌いだ。大嫌いだ。 ここまで嫌う人間は多分私の人生で金輪際現れてはくれないだろう。 金糸を指に巻きつける少女を、ロイは少女の言葉を待つよう、じっと見つめている。 居心地悪そうにリザは崩れていた下肢をしっかりと腕に抱きなおす。 正直内心の動揺でそれどころではなかったものの、仕方なく男に応じてやった。 「どうやら部屋の防音はしっかりしているようですので、今の声は漏れてはいないはずです」 「心配してくれるのかい?」 「していません。ただ事実を言ったまでです」 「そうか」 「そうです」 クツクツと喉で笑うロイに、知らぬ振りを通すリザは、頬が熱くなるのを感じずにはいられなかった。 子供扱いされているようで、無性に腹が立つ。 「それじゃあ、また来るよ。君のこれからを相談せねばならないからな」 軍靴を狭い室内一杯にかき鳴らし、この部屋唯一外に繋がる扉へと向かっていく。 「貴方以外の人にはできませんか?」 貴方は私の心臓に確実に優しくない。 リザは言いそうになる言葉を飲み込んで、 去り行く大きな背にリザは言葉を投げかけた。 足を止めようともせず扉前に立ったロイは間断なく切り捨てた。 「それはできない相談だ」 「どうしてですか」 ロイはノブを回し扉を開けると、横顔を少しだけ見せて傲慢に断言した。 「なぜなら私が許さないからだ」 それだけ言い捨てると、死刑宣告さながらに扉が音を立てて閉じられる。 声高らかに笑いながら去っていく男を、リザは我に返るまでただ呆然と見送っていた。 next ------ 今回のテーマは「俺様な大佐、もとい中尉」でした! ますます意味不明な展開な続き物ですが・・て続いてるよ! 別の話を書こうとも思ったのですが、どうにも後味が悪いので続けてみました。 前半テロリズムな説明だとか軍部ひでっ!とかいうような説明文を延々ガリガリしてましたが、もういいやと捨てて書き始めてみればやっぱりスムーズに進んでくれたようで。 というか、ぶっちゃけあるシーンだけが書きたいが為に書いてるようなもんです。 あー早く書きたい〜!!(ジタバタ) |