リザに振られた男の大抵は、高確率で示しあわせているようにその去り際に、口汚い捨て台詞を吐き捨てていく。そしてずるずると年単位で長期化していく現在の上司との付き合いに伴って当然と言っては当然だが、まさか大佐ではあるまいし年単位も美女を世間が放っておいてくれるはずもない訳で。 自然その回数も比例して増加する。 断りをいれていた初めの頃は、さすがに体型やら身体関係のことを言われると、 彼女がいくらさっぱりとした気性であるとはいえ、リザも女性。 多少癇に障ってもいたものだが、もはやそれこそが常套句と化した今となっては。 「お高くとまってんじゃねえーよ勘違い女!」 「そのまま貴方にお返しします」 感傷に浸る微量の可愛げすらもなくなり、 さぼり魔との押し問答の日々にあたかも不本意ながら慣れてしまうと同じ原理なのか―――何を言われようが大概冷静に受け流せる免疫を持ちつつあった、その矢先のことだった。 お付き合いしている男性がいますからと嘘八百をでっちあげ、求婚を丁重にお断りした士官が去り際に吐き捨てた 「君みたいにそっけない人には男も嫌気がさしてるんじゃない?」 たった、その一言に。 もちろんそれも毎度恒例の捨て台詞の一つとなるはずだったのだが、その言葉だけには、そっけないはまだしも―――どうやらリザの抗体もやられてしまったようで、一気に頭がずんと重くなったような気がした。 「fly high」 中尉でもぼんやりとしている日はあるものなのか。 東方司令部でもはや最強と謳われている女性、リザ・ホークアイがデスクで書類を手前に広げたきり、数十分が経過しようとしていた。 有能な中尉が長時間に渡り仕事の手を休めるとは、よほどの珍事であったらしく、 「おいおい、誰かなんかやらかしたのか」 冷や汗をかいたハボック少尉が小声でフェリー曹長に耳打ちする。 「そ、そうかもしれませんね。あ、でも僕じゃありませんよ!?」 フェリー曹長がさり気なく弁明しつつ同調すると、 外回りから戻ってきたブレタ少尉は司令部を取り巻く異様な雰囲気に 顔をひきつらせながら体をえび反りに仰け反らせ、開口一番に「何があった!?」と言い、彼らと同様周囲の者に聞き回っている。 嵐の前の静けさ。 正に比喩ぴったりの寂幕とした室内に、仕事に勤しむ通信員のみがやたら活動的に傷の男に纏わる情報を模索しているせいか、その辺りだけがにぎやかで余計に一部の静けさが際立っている。 「でも一番怪しいのは・・・」 煙草をふかせながらハボックがぐるりと回転式の事務用チェアを半転させると、皆つられて自然とある一点へと視線が集中した。 「な、なんだね。私が何をしたというんだ!!」 見に覚えがありすぎるのか、今一番の注目の的である大佐のロイ・マスタングがぎくりと肩をひきつらせた。 冷や汗を飛び越えてもはや顔面蒼白の域である。 「だって・・ねぇ」 「そう・・ですよね」 「だな」 ハボック、フェリー、ブレタが三者三様に云々と頷く。 「違う!断じて私ではない!!・・・多分」 必死になって激しく否定するも取り繕えず何点か記憶内に気になる箇所があるので末尾を気弱に取り繕ったが、僅かな自信の欠如が一層部下たちに妙な勘なぐりを引き起こしていく。 「書類あんなに溜め込んでたからな〜」 「違うって、この前デートだなんだって逃げた時あったからあんときだろ」 「いやでも実はあれだったりしないか?」 憶測が憶測を呼び、『中尉、大佐に何事でお冠か』議論が異様な盛り上がりで拍車がかかっていく中。 ロイは眼前で両手を組み合わせた上に顎を乗せて冷静を装うものの、汗が流れているのでつくろえていない。 仕事に支障をきたすまでに何を怒らせただろうかと、うろうろ目を泳がせている。 (どうしたものか・・やはり一昨日のアレか?いや意表をついて一週間前の・・) 思考と対策に、ひたむきに事務作業の倍、情熱を傾けるロイ。 リザがいつもであれば、もっと仕事の方に熱を入れてください、と冷静に突っ込むところである。そういえば今日はキャミーさんとデートだったかとちらりと大事を思い出し、良かったと安堵するも、その一秒後には怒りの理由を考える・・・・そんな出口の見えない堂々巡りにロイがひたすら首をかしげていた、そんな折に。 突然リザが音を立てて立ち上がり、リザはロイのデスクの前へと進み出た。 ごくりと息を呑むロイ。しんと静まり返る緊張の糸が張る司令部。 リザは若干うつろな眉目ながらいつもどおりに凛々しく言った。 「仕事がはかどらないので小休憩ついでにコーヒーでも炒れてこようと思うのですが・・・いかがですか?」 「頼むよ!」 「分かりました」 「あ、あ!俺も!」 「僕もお願いします!」 妙にはりきった声音で答えるロイに連動して一斉に声をあげる一同。 「分かりました」 リザはこくりと一度だけ頷くと、おぼつかない足取りでリザが扉の向こうに消えると、皆大きく安堵の息をついた。 深夜、常人ならば青ざめるほどの仕事の氷山に囲まれ(ロイにとっての期限間際というのはこれが普通だ)、見張り番の腹心リザの元、ロイが一人緊迫した空気の中でガリガリと筆を走らせていた。鬼気迫られた状況に追い込まれると変にやる気が湧くらしく、やけに書類の処理がはかどっている。リザが背を向けて書類整理をしているおかげで、見かけ上での落ち着きの無さは分からないはずだ。 口調だけ平静を装い、ロイはさり気なく切り出した。 「今日、何かあったのかね?」 ぴたりと止まる手。裁判待ちの囚人のように緊張に固まるロイ。 しばらくしてから、リザの手が再び動き出した。 「・・・・嫌気がさしますか」 「は?」 素っ頓狂な声をあげるロイ。 思わず筆記の手が止まった。背を向けたままのリザは、山のように積み上げられた書類整理を的確にこなしている。 「私はあまり女性らしくはありませんから」 「・・なにを言ってるんだい?」 らしくない言動にロイは不審顔をするも、顔すら上げぬリザの表情は窺え知れない。 「なぜそんなことを聞く?」 「・・なんとなくです。やっぱり忘れてください」 「―――――何かあったのか?」 「・・・・・・」 リザは小さく嘆息し再び作業へと戻っていこうとするリザに食い下がるも、話は終わったとばかりに黙殺されてしまう。 ロイはほんの数秒思案すると、次の書類を手に取りながら淡々とロイは言う。 あたかもさり気なく、いや真実そのままの気持ちだったのかもしれないが。 「なんだかよくは分からないが・・君は美しいし、女性らしいと思うよ」 「そうですか」 リザは無関心に軽く流しながらペン先を走らせる。女性にはきっと似たような軽口を囁き回っているのだろうことは想像に難くない。 いちいち反応していたら長年この人物とはとても付き合っていけない、と冷ややかな面持ちで整理を続ける。 だがまあしかし、とロイはと二の句を継いだ。 正直、言が続くとは思っておらず、迂闊にも少しだけ手を止めてしまった。 「女性らしいとからしくないとかは関係ないな。私は君だからいいんだ」 思わぬ言葉にリザは大きく目を見開く。一瞬腕の力が抜けて、危うく書類の束を落としそうになり、片手間に慌てて持ち直した。 背中越し、動揺は気付かれてはいないはずだったが罰は悪く、どうリアクションしてよいやら何をして良いやら、とにかくリザは困り果てて、リザはとりあえず仕分けに戻った。 (・・・・・息苦しい) 突然、空気が希薄に感じだした。 吸っても吸っても、ちっとも肺に酸素が取り込まれてくれないのだ。 これはやはり、心臓の鼓動が高鳴っているのと関係があるのか。私の。 ちらりと後方を盗み見るも、憎たらしいほどに平然と仕事をこなしていて、なぜかリザが不本意に立腹してしまう。 やたら勘の良い彼だ。どうせこちらの動揺など、きっと手にとるように分かっているに違いない。憎たらしい。 いや違う、心底憎たらしいのは―――リザの書類整理が心の乱れと共に次第に手荒になってくる。 たった一言だけでこんなにもたやすく乗せられてしまう自分自身だ! それでもあの男のたった一言に反応して自覚できるほど熱を持ってしまう頬が忌々しい。ここで彼の態度を私が歯牙にかけなくなってしまったら、もはや言い訳もできないではないか。『私は貴方のことはなんとも思っていません』と。 結局リザは真っ赤になったまま作業の手を速め上司に聞こえぬように舌打ちした。 それが彼女にできる、唯一の抵抗だった。 瞬間、僅かながらロイの口角が柔らかくつり上がったことは、後にも先にも彼女が知るところではなく―――――幸か不幸かは、神のみぞ知る。 fin. ---- 多分ロイアイ第一作目です。 かなり修正たわ内容変わってるわで、へこみながら打ってました。 もういっそ削除しちまおうかとも思ったわけですが、折角の処女作だしなんとか出してやろうと頑張りました。 頑張った分だけカムバックしてくれればいいんですが、どうにもカムバックされる前にノックアウトされてそうなので、そう上手くはいかないかな。 しかしブレダさん、次はいつ出れるんだろう。無理・・? |