女性という性別を呪ったことはない。 たとえ軍で女だと見下げられても、男性に力が劣るとしても。 けれど、この不利益な痛みだけは男に転嫁してやりたくなるのだ。 毎月やってくるこれが生命を産み出す代わりの等価交換だとでも言うのか。 鈍痛に噛み締める口元が歪んでくる。 寝床から起き上がれば違和感。 今月もまた気分最低な一日目が幕を開ける。 「 a war of nerves 」 通り過ぎた傍から、ほの香る鉄の微匂。 「中尉!」 ロイは吸い付けられるようにリザの方へと踵を返し、つかつかと遠ざかる細い背中を呼び止めた。 すれ違うほんの数秒顔色を窺ったが、どうもよろしくないようだ。 「何か御用ですか」 リザが緩慢にロイの傍へと脚を伸ばした。 身動き一つとるにもいつもの機敏さも見る影はない。 実際リザは今日明日明後日に限っては軍部を休んでしまいたいほどに嫌だったし、こうして仕事の足を止められることも嫌だった。 それでも仕事だ、とじんじんと痛む腹をかばいながら粗相のないよう敬意を払い背筋を伸ばす。 ロイは真剣な眼差しで何を言うかと思いきや、雰囲気にそぐわぬ言葉に拍子抜けした。 「大丈夫か?」 「・・・・は?」 まじまじと上官が部下を窺い始めたのだ。 彼がそわそわと形の良い顎を擦った。 体毛が比較的薄いので、ヒゲを多少ほったらかしにしておいても無精ひげになるまで数日かかる。 ああ、早くして。この態勢では余計痛む腹にさわる。 ロイが腰をかがめ何事か耳打ちしようとするので、リザも聞き取りやすいよう少しだけ近づいた。 そして耳に入れた次の瞬間。 リザの青い顔から能面の如く表情が消えた。 「だから、中尉は今日セックスのしにくい日だろう?」 「・・・・・・・・・」 女性に口説かれる方が多いとは彼の言だが、こんな男を口説こうとする女の顔が見てみたいと 思った日は今日ほどなかっただろうと確信する。 リザは無言のうちに軽蔑すら含んだ鋭い瞳で睨みつけた。 この男のデリカシーの欠如は、おそらく死んでも治らないに違いない。 針の視線を気にも留めず、図太い神経の彼はマイペースに心配にかかってくれる。 「顔色でいくと、初日というところか」 「・・・・分析しないで下さい!」 しゃべる度にズキズキと腹が一層に痛んでくる。 一定の痛覚リズムにあわせて、リザの苛立ちが徐々に徐々に肥大していく。 肯定も否定もしないリザの態度に確信したのか、ロイはビンゴ!とばかりに無邪気に笑う。 「やはりな。私はそういう見極めが上手いんだ」 自慢にもならない特技を得意気に胸を反らすロイ。 女ったらしめ。 眉間に皺を寄せながらもリザは口元だけはしっかりと平静を保つ。 「大佐の場合は危険日がどうとかに役立つからでしょう」 「まぁ、それも一理あるが」 軽口のロイにリザは軽い頭痛にこめかみを押さえた。 「認めないで下さい。リアクションに困ります」 笑い飛ばし、ロイは面白そうに口端をつりあげて巧みに彼女に言葉遊びへと誘いかける。 「困るような女ではないこそ、私は望んで君を傍においているのだがね」 「・・・・そうですか。それは買いかぶりすぎでしたね。しかし、今からでも遅くはありませんよ?」 大袈裟に心外そうに目を見開いて片手で制するロイ。 仕方なく乗せられてやったリザは、含み笑いを浮かべて両腕を胸に抱える。 彼の前には、なぜか痛みなど忘れていられた。 「まさか!君のような有能な美女を手放す男はいないさ。上司としてだけでなく、な」 彼女の顔が気持ち悪そうにひきつる。 ロイはひどいな、とぼやきつつも完全なる男の表情で肩を引き寄せようとする腕を、リザはするりと掻い潜って両手を窒息させていた書類を胸板に押し付けた。 「光栄ですが、雄に好かれるのは遠慮させて頂きます」 「それは残念」 肩眉を軽妙に上げ、ロイは大量の書類の山を持って執務室へと戻っていく。 廊下をカツカツと踏み荒らす革靴。 進み始めた大きな背中を一瞥する。 リザは嘆息交じりに失笑を残すと、反対方向、司令室へと歩み出した。 すると、反響していた革靴がぴたりと止まる。 リザの背中に良く透る声が飛んだ。 「君にもだが、将来において私にとっても大切な体だ。大事にしてくれ!」 リザは背を向けたまま、しばし押し黙った。 ロイはあわよくば、と返答を待ったが、結局彼女はこちらを振り返りもせずに彼の視界から風のように消えていった。 「照れ屋だなぁ」 ロイは満足気に笑うと、浮かれた足取りで歩みを再開した。 彼女の温もりの残る書類を持つ手のひらに、汗をかく。 じんわりと融合していく彼女と自分の体温は少しも不快ではなく。 想像するだけで、むしろ他の女と絶頂を共にするよりも興奮する。 さぁ。君は次、一体どんな表情を見せてくれる? fin. -------------------------- やだよねーという実体験が反映したお話でした。 女性はナーバスになるよね、やっぱ生理って。痛みのある人とない人があるけど、ない人って珍しい。 ていうかぶっちゃけ変わってほしい。(笑) 3日中、男がやたら恨めしくなるのは私だけかな。平等にあればいいのに! そうすればこの痛みがちっとは伝わるだろう!ふははは。 ロイがロクデモない屈折男に成り下がっていくのが目に見えますね。面白い。 ちなみにまだリザとは男女関係はないということで。 タイトル訳は『神経戦』。ある意味そうじゃないかなーとか。 次回は「彩」頑張りたい―。(できんのかな) |