「cigarette」





リザは小一時間、忙しなくペンを走らせていた。
最近スカーの男関連でなのかそうでないのかは不明だが、傷害・殺人事件が頻発している。
現場検証にも自ら向かう東方司令部の面々であるが、事件が起これば影についてまわるのは報告書作成である。


「あー、面倒くせ・・」
デスクワークが苦手らしいハボックが、そろそろと手を伸ばそうとしている物をリザはさっと取り上げた。
ハボックがある物の中毒患者であることは司令部でもあまりにも有名だ。
握ろうとしたそれが宙に舞い上がり、ハボックが涙目でむなしく虚空を掴む。
「ああっ」
「ここは禁煙よ。少尉」
リザは忠言すると、哀れなほど悲愴な顔をする少尉に渋々煙草を返してやると、
瞬く間に威勢を取り戻すハボック。
「はい!了解しました!そんじゃ吸ってきます!」
嬉々として彼は窓側の禁煙コーナーへと駆け込んでいった。

リザは怪訝な瞳で見送ってから、再び黙々と報告書に向き直った。
一体煙草のどこがいいのだろうかと思う。
匂いが嫌だし、体には悪いし、体臭まで煙草に染まってしまうのだ。
愛煙者の傍に寄るとすぐに「喫煙者だ」と匂いで分かる。


「全く、どうして煙草なんて吸いたがるのかしら?」
「集中力を上げる為だとかよく少尉は言ってますけどね」
同様にデスクワークに追われている曹長が、苦笑してリザのぼやきに付き合う。
「まるで薬みたいね。常習しなきゃいられないだなんて・・」
「ははは、煙草はほとんど薬に近いものだそうですよ。成分がそういう系統のものだとか聞きますし」
「理解できないわ」
リザは束ねた報告書を整え、席を立つ。
「喫煙した人にしか分からない特権なのかもしれませんけどね。僕も理解しかねます」
吸わない曹長も柔和な面立ちを困らせ、また小首をかしげた。



リザは報告書を片手に、執務室へと向かった。
廊下から窓越しに見える快晴に若干気分が和んだ。
今日はいいお天気日和だ。
最近曇りがちでよく乾かなかった洗濯物もついでに干してきて正解だった。
茶の木製扉をリザは高揚を殺し、控えめにノックする。
「失礼します」
「中尉か。入りたまえ」
今日は珍しく仕事をしていたかと少し関心しつつ扉を開けると、こちらを迎えるはずの顔がない。
彼が向かうべき机に椅子が背を向けているので、現状としては背もたれのみが書類を眺めている。
居るには居るがサボっているになんら変わりはない状況に、リザの目が一気に半眼になる。

ずかずかと足音も露に、リザは背もたれのみが出迎える執務机前に進み出た。
「・・・・・大佐。報告書をお持ちしました」
「さすが、仕事が早いな中尉」
くるりと反転する大佐を確認するや、ますます不愉快そうに眉間に皺を寄せる。


「なんだね?」
吐き出される白煙に、リザは顔を背けた。

「煙草、お吸いになるのですね」
「昔やめたんだがね。たまに無性に吸いたくなるのだよ」
ロイが指に挟んだ煙草を掲げてみせると、彼女は流れてくる煙を避けるようにそそくさと立ち位置を移動する。

「・・・・私には分かりません。嫌いですから」
「君は、ああそうか。さっきハボックが喫煙コーナーで『中尉に取り上げられそうになった』と泣いていたからな」
「喫煙コーナーではありませんでしたので注意しただけです」

リザは抱えた書類を提出すると、億劫そうにロイが斜め読みに検分する。
これで彼が不備の有無を見極めているというのだから不思議なものだ。
いずこからか姿を見せた灰皿に細い白煙が昇っているのを、リザは薬を振りまいているように思えた。
しかも話によれば、中毒性があるらしい。
子供じみていると思いつつも嫌悪感が高まるよりもマシ、とリザは吸い込まぬようになるべく呼吸を緩慢にする。


「煙が気になるか?体にあまり芳しくはないらしいからな」
ロイが実に楽しそうに声を弾ませた。
リザは渋い顔のまま彼の言葉を黙殺する。


「・・・それほどにか?私は今日たまたま一本ハボックに勧められただけなのだがね」
これにはロイも少し顔を顰める。
ほどほどに好きなものを邪険な目で見られるというのはやはりどこか居心地が悪い。

「部下に乗せられないで下さい。大体、ここも禁煙のはずです」
「まあ、そうなんだかな」
言って、ロイは立ち上がる。

「ですから・・!!」
リザはのらりくらりと会話を続ける彼に痺れを切らせ、静かに、しかし厳しく反論しようと口をあけた。
が、開けられず。
代りに、熱い吐息。


時折ついばむように口付けられ、酸素を取り入れようとするも、また塞がれ。
時には浅く。深く。甘く苦く貪りあう。
もはや逃れられない中毒の香りが、リザの鼻腔中に巡る。
曹長は薬に似ていると言っていたが、あれは本当なのかもしれない。
頭の中が甘美な酔いに霞んでくる。

酔いしれたいと甘ったれる自分が嫌いだ。
なによりもなによりも大嫌い。

ようやく唇が開放され、二人の唇に名残惜しげに糸が伝った。
二人の少し荒くなった息が室内に響く。


「少しは、好きになったかい?」
「・・・・ますます嫌いになりそうです」
それでもすべてを見透かすように、意地の悪い笑みを浮かべるロイ。
いっそ窒息してしまえ。
ロイに返答の余地も与えずにリザは唇を押し付け、驚く彼の呼吸を止める。


癖になるくらい、深く、深く。深遠に。
薬にも煙草にも勝る、いっそ私の理性すら狂わせるくらいに。



唇から中毒を。









fin.





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「そういやロイアイ、チューしてねーな」が発端。
考えてみれば、順番がおかしい。もうしてることはしてんのに、肝心のチューが!!
ということで、煙草と絡めてみました。
煙草嫌いなんですよねー私。格好はいいんだけど、体悪いし臭いが何よりダメ!!
近くに寄りたくない。イヤ!
リザじゃないけど、本気で呼吸止めてます。止めずにはいられんというか。

ちなみにロイが吸ってるのはマルボロ。
ハボックのイメージがそれなのです。