するならする、しないならしない。 どっちかはっきりしてくださいと私が言えば、貴方はうなり声をあげるばかり。 思考の燃費が悪いのは、貴方が多分女に気を配っていることが多すぎるから日常にまで回らないのでしょう。 事ある度に心底そう思うリザだが、いつもあえて彼女は口を噤む。 これ以上弱みを晒してやる必要がどこにある。 「kiss」 「待った」 ロイは一方的に推し進めていた行為を息の触れてしまいそうな至近距離で、 これまた一方的に停止させた。 ・・・私は待っていません。 リザは内心思いつつするりと視線をずらしてみれば、何かを制すような身振りをしているのが確認できる。 一体誰に釘を刺しているのかがまるで分からない。 それが私だとでも言い出したのならば、『この場を離れる』という安直な動作を選択するのみですむのだが。 壁際に追い詰められたリザの背は、隙間なしにぴったりと無機質な白壁にはりつけられている。 釘の役割は無論、上官のロイである。 しばし思案する仕草をみせる間、リザはずっと目の前の男の顔を見つめていた。 というよりは、そうするしか仕様がなかったとも言える。 泳がせられるのは、目線のみ。 なにせ微々たる動作でもしようものなら、その気がなくとも眼前の唇に重ねてしまいそうな距離しか余地はないのだから。 どうせ計算ずくでやっているのだろう。 大佐は十中八九女の手によって絶命するのではないか、とリザは心密かに毒づいた。 噛み合う寸前の、噛みあわない境界線を、彼の吐息がようやく濡らす。 「今思い出した。私は昔、ある女に嘘をつかれた」 「浮名の数だけ報いあって当然だと思います」 近すぎる距離での会話が互いの頬をくすぐる。 引き離そうとしないだけ、中尉にしてみれば随分良心的だ。 ロイはほそく笑んで、頑ななリザの頬に手の甲を滑らせると、少しだけつり上がったきりの眉が緩む。 「その女は妊娠したというんだ。私が口から種を送り込んだんだと」 「下品な話ですね。それで、私にどう反応しろとおっしゃるのですか」 「勘違いしないでもらいたいな。第一、私はその女を一度も抱いていなかったんだぞ」 別にリザに喜んでほしいだとか、寝ぼけた考えで発言したわけではない。 ただ、単なる事実、証拠としてロイは述べただけだ。 実際リザの表情は先ほどから微動だにしない。 これほどのことで動揺していたら、腹心などとてもやっていられなければ、ロイも傍に置く気にもならないだろう。 リザの性質を見抜いてでのすべての行動、言動だ。 リザは端的に結果を要約した。 「つまりキスはしたと」 「そういうことだな」 「狙いはなんですか?わざわざ回りくどい手をとってまでの」 「ああ、別にないさ。ただ私の腕に収まる女はそうそういないという、それだけのことだ」 ・・・・なにが「狙いはない」、だ。 リザは一息に狙いを濃縮してすべて語り尽くしてくれた、 ロイの満面の笑みを冷ややかに一瞥すると、いつのまにか腰に移動してきている手を掴み上げる。 護身術の応用でひねり上げようとするが、迂闊に動けなかった理由をすっかり忘れて動いたのがいけなかった。 ひねりあげた、そう、その寸前で全意識を強制的に陥落させられてしまった。 よりにもよって自分から仕掛けてしまい、しかも生温かい柔らかな繋がりが尚も離されないという現実。 驚きと焦りに見開いたままのリザの目がまどろんでくる、抵抗を諦める時を、ロイはじっと待った。 やがてリザの瞳がとろんと閉じられる。 あまりの息苦しさに負け、反射的に腕がロイの背にすがりついてしまう。 苦しいが、苦しくない時。 その間隔は、数十秒ごとに。 時計が秒針を緩慢に回す音のみがやたら耳に馴染む。 やがて開放されると、リザは瞼を伏せたままロイの耳元に囁いた。 「―――・・・最低」 「不本意だが、君の賛辞なら受け入れてやってもいい」 「貴方のことですが、貴方のことではありません」 よりにもよってこんな男を命を賭してでも守ろうとする自分の方が、もっと最低だ。 そう噛み締めつつ、リザは世界で二番目に最低な男の唇を、憎々しげに甘噛む。 fin. ------- ロイは女好きだけど無差別(笑)でもないのよ、てなお話。 なんかの話で「キスするだけで妊娠する!」てなほのぼのなネタがあったな〜と思って含んでみました。 この話が「コウノトリがどうのこうの」な次元でも全くないのが残念でなりませんね! ロイアイで真面目にやってたらそれこそどうかと疑われますが。 かなーりダーク本領大発揮で、かなり楽しんで書いてます。 いや、いいよ大人の愛!大好きだ。ラブ。 どうでもいいんだけど7つほどのネタストックがそろそろ腐り出しそうなので早めに消費したいなー。 連載?ものですが、少数ながら呼び声があるので書いてみます!(信用ならん) |