貴方にとっては私も他の女と同じでしょうと、君はいとも簡単に言うけれど。
同じじゃない。同等じゃない。
そこに理屈は皆無だ。


こんなにもシンプルな回答を、なぜ君は素直に受け入れない。






「infatuation」






ロイは腕の中に一人の女を幽閉していた。
彼女は美人といって申し分ない容姿であったが、しかし不機嫌そうな表情が妙な気迫を醸し出している。

閉鎖の空間にあって、纏わりついてくる力を押しのけようと女が抵抗すればするほど容赦なく拘束が強められる体に、彼女は負けじと極力冷ややかな声音で糾弾する。
「・・・離してください」
糾弾、と強行姿勢の一言で表すも、その声にまるで力はない。
とはいえ、やはりリザ・ホークアイともいう人物。
虫の音というわけでもなく、むしろ噴火直前の火山の前兆とでも言った方が適切だろうか。


「イヤだ」
そんなリザに、きっぱりと断言する男。
彼女の怒気を薄々察しているはずであるのに、まるで気付かぬ素振りを演じて我侭をいう29歳。
リザは重い重い、深遠な溜息をついた。いっそ頭痛がしてくる。

「前々から思っていましたが」
「なんだね」
「大佐の肉体は29歳ですが、たまに精神年齢は私よりも低い気がしてならないのですが」
「正解なんじゃないのか?仕掛けられている君じきじきの言葉なのだから」
「・・・せめて少しは否定してください」
腕の中から聞こえる呆れたリザがぼやくように呟く。

ロイはまるで意に介せず、ふてぶてしく笑ってみせた。
彼にとってリザとの駆け引きはむしろ大好物だ。
リザは進んで拒絶したがるものだが。

ロイは獲物に狙いを定めた猛獣のように光る瞳を押し殺し、天井一点に向けていた視点を落下させる。
肉食獣に睨まれたウサギのように小さく肩を縮める。
「君が今も逃げているから否定しない」
「逃げてなんか、いません」
いつもの張り付いたポーカーフェイスで嘘を吐く中尉。
部下思いの大佐は、そんな彼女が心底愛しいと思う。
手がかかる子ほど親は可愛いというではないか。

・・・・この女が自分の子であってはたまらないが。
なにせそれでは本当の意味で手が出せなくなってしまう。
禁断の愛など、御免だ。
上司と部下の関係の維持でさえ、手に余っているというのに。


「私は君が大事だといった。なのに、なぜ君はそれを拒否する」
「私にとって貴方は大事ですが、貴方がそうであっては困ります」
俯いたまま即答し、なおも彼の腕から逃れようとリザは抵抗を試みるも、平然と性別を行使して
意気をくじく様にたやすく封じ込めてしまうロイ。


「どうしてだ」
リザは途端に一切の動作をやめ、腕の中からロイを見上げた。
それこそ男がたじろいでしまうほどの鋭い一矢。

「私が貴方の進む道に重荷となれば、その焔を使ってでも歩んで頂かなければならないから」
馬鹿馬鹿しいくらいに真剣な目がまっすぐ射やる。
「分かっているよ」
物悲しそうに、ロイは微笑んでみせた。つもりだ。
それがものの見事に失敗したことは、表情を繕った瞬間に自覚した。

リザの凛とした瞳に見つめられる瞬間、ロイはいつも己に強烈な穢れを感じずにはいられないのだ。
人の死をもいとわず、頂上へと目指すロイの道にはあまりに血に彩られている。
そうであるからこそ尚更に、高潔なリザを引きずり込みたくなるのかもしれない。

悲しいようで、自分と共にある現状ですらも彼女を不幸にしているようなのに。
幸せになってほしいのは紛れもない本心。
けれどロイには今の彼女が嬉しくもある。危険の中にあってなおも、傍らに居てくれるリザを。

本音と建前が相対する矛盾。


「では、私の屍を踏みつける覚悟は」
「ある」
「ならば構いません。どうぞお好きに」
リザの回答は単純明快だった。
あっけなく獣に魂を売り渡してしまったことを、軽率だったと後で君は悔やむだろうか。
だが遅い。
君を手放すなど、贅沢ことはしない。

抱いた腰を更に引き寄せ、一層体温が肌に触れる。
ロイは再度確認した。
確信に満ちた笑顔をのせて。
「どこまでも道ずれだ。いいのか?」
「わざわざ聞くまでもないでしょう」
ロイは彼女の前髪をはらい、小さな額におでこを当てる。
唇が触れるか触れないか、それはmmの世界で二人は言葉を交し合う。


「君は他の女とはやはり違うよ。同じじゃない。全く別だ」
「褒め言葉ですか、それは?」
不愉快そうにしかめっ面をするリザ。

対照的にロイは上機嫌にリザの頭をゆっくりと撫でた。
彼女から与えられた蜜を、じっくりと味あわせるように。

「ああ。それも極上の」




どうせ夢中になるのならば。
骨の髄まで。







fin.





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暗い。でもダーク大好き。元々がダーク系統得意だから。(笑)
ちなみに今回のタイトルの意味。

infatuation:「夢中にさせるもの」

「狂う」でもよかったんだけど、別の話に使えそうなので後回し。
私の書く話で、リザばっか、なんで大佐に心酔してんだよ!、と内心つっこんでの大佐攻め。(笑)
私の中のロイとリザはこんな感じです。恋人じゃないんですよ。でも他人でもない。ビミョーな表現しかできません。

今回からタイトルは全英字化ですー。内容が分からんのって、よくないですか?
たとえばドキドキできるとか。
まず私の文がドキドキできるのかってところから話を始めなきゃいけなさそうだけど。

・・・・撤収!!


永遠に幕切れ。