拒む必要はなかった。

おそらくそれはウィンリィが心の奥底のどこかで望んでいたものであったし、嬉しくないといえば嘘にもなるだろう。
しかしこういう時、一体どのような言葉が気の利いた表現なんだろうかとどこか人事のように考えていた。
本能だけは働いていて、理性だけは雲の上から地上を呑気に眺めているような不思議な感覚だ。

とりあえず理解できるのは、少なくともファーストキスがレモンの味だなんて言う使い古されたお伽話は、
これで見るも無残にぶち壊されたということだけだ。

エドみたいな科学の頭で物事を推し量る錬金術師と同じで、なんて夢のない。




「ずっと」




珍しくあの兄弟が帰宅する前に、事前ウィンリィの元へ連絡があった。

彼らときたら唐突にやってきては、片割れの三つ網金髪金目の幼馴染が、見るも無残な姿と化した機械鎧を笑顔で見せつけては、毎度懲りずにスパナの餌食となっている。
それがどうだ。
電話まで寄越して、どうしたのかと訊ねてみれば今回は機械鎧には異常がないという。
その上憮然と兄弟の兄の方から、土産まで突き出されたと来た日には。


「・・なっんか、気持ちわるいー」
「なんでだよ!」
と、ウィンリィが渋面で疑わしげな目が、主に厄介ごと専門の兄、エドに向けられたとしても何ら不思議はないだろう。
ガリガリと頭を掻きながら、面倒くさそうに説明しだした。
エドの機械鎧のメンテナンスは大方完了し、手持ち無沙汰のエドがうろうろと落ち着きなく、
別の義足作業にかかるため作業台に行儀悪く腰掛けたウィンリィの周りを歩き回っている。


「ただ、大佐が帰り際にくれたんだよ。貰いすぎたとかどうとかで!」
「へえ、じゃあ納得」
「・・お前な」
背後から呟かれる呆れ声に、ウィンリィはからかう様に含み笑いを浮かべ横目をやった。

嫌な予感にぎくりとするエド。
幼馴染である彼女がこういう態度に出てくる場合、 大喧嘩したりスパナの猛襲を食らったりと、
大概がロクな結末になった試しがない。


「なんか裏があるんでしょー」
「ねえよ、んなもん!」
「そう?」
「そうだよ。あんま疑り深いと嫌われんぞ」
ウインリィは椅子と化している自身が座るテーブル脇に置かれた菓子土産を見つめ、くすくすと上機嫌に笑い出す。


「んーふふ。ま、ありがと」
「おう」
「・・・・で、お土産があたしの好物のお菓子なのもたまたまなの?」
再びエドの肩がぎくりと引き攣る。
「そ、そうに決まってんだろ!」
罰の悪そうに視線を右往左往させながら「違う」と頑なに首を振り否定してかかるエドにはまったく説得力というものが見当たらず、逆に墓穴を更に掘り起こしている。



「エドは嘘が下手なのよねー昔から」
「違う!あれはホントに大佐が!」
とは彼女に真正面から口にしつつも、やはり依然目線は泳ぎっぱなしである。
ウィンリィは、やけに頑固なエドに幼さを感じ、宝物でも見つけたような輝く瞳で更に追求をエスカレートさせようと真向かいに立つエドに身を乗り出した。



「いい加減認めなさいよー、往生際のわる」
「ちょっとは黙れ」



彼の捨て台詞は、初めての接触に阻害されたものの、一切の働きが止まった1コンマ後に辛うじて耳に到達していた。
ウィンリィは軽い驚きと羞恥心に、大きく目を見開く。
唐突にエドにより塞がれた唇は、喘ぐ呼吸すらも許してはくれない。

「っん・・・・」
今しがた走り出そうとしていたはずの言葉が喉につまり、胸苦しいようでいて、どこか甘く、優しく。
人の唇というものは、信じられないほど柔らかいのだな、と思うと同時に、やっぱりファーストキスがレモン味というのは嘘だったなとウィンリィは確信する。

こんなにも生々しい唇の味が、レモン味でなんてある訳がない。
言い始めた人はきっと恥ずかしさで味覚が狂ってたんだろうな、と無理やりに理由をこじつけ、
遅ればせながら火照りだす体とは対照的に、頭は冷水を浴びせられたようにみるみるうちに冴えてくる。

恥ずかしさはここまでくれば、もはやどうでもよくなってきていた。
ただただこの時間が、瞬間が心地いい。圧倒的に支配するものはそれだけだった。

二人は一旦酸素を取り入れるために唇を離すと、窺うようなエドの瞳にぶつかった。
ウィンリィは了解の意図をこめて少しだけ微笑むと、エドは薄く笑い返し、
途端、どこか遠慮がちに抱かれていた肩にこめられる力が強まった。



そして一つ、また二つ。
深呼吸した後に、軽く唇で触れあわせる。
実際には何秒、何十秒の出来事であっただろうが、二人には何時間、何十時間も流れたように感じられた。
しかしそのゆったりと過ぎる時間は、苦痛ではなく、幸せ。
急くのではなく、むしろ緩慢に、味わうように続く優しいキス。
その合間、ウィンリィが少し顔を離し―――とはいえ息が触れるほどの近距離のまま、
ウィンリィは呆れ顔で口を開いた。


「やっぱり嘘は下手ね。でも付けてないわよ。バレバレ」
「うるせえな、いちいち。相っ変わらず可愛くねえの」
「じゃあやめたら?」
「・・お前、しゃべりすぎ」
エドはおしゃべりな口を黙らせる為に再び塞ぐ。

・・・いつまで続くのよ。
ウィンリィは長い睫毛を不安と逡巡にしばし瞬かせたが、結局は大人しく心地よさに身を任せ瞳を閉じた。


果てのないキスはまだまだ続く。







fin.



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蜜月お祭りに出品中のヤツです。
あっまい!もう満腹です。書いてても「エドー!ウィンリィー!」と彼らの清らかな関係はどこにいったと
つっこみつつでした。

関係は「恋人」じゃないんです。素でこんな感じなんですきっと。
言葉もなしになんとなく始まる恋愛ってのもあったっていいんじゃないかと。
「好き!」とか二人言わなくとも、空気で伝わってるんじゃないかなとの妄想です。