ふらりと家出犬二匹が帰ってくる時。
久方に聞く声に無事を安堵し。
少女は密かにもう一点でも気を配る。
相手はそれに気付かないけれど。

気付いてほしくなんかないけれど。






「残酷な」






そっぽを向いたまま、エドは招き入れられた故郷の自宅で、照れ隠しか頬を掻いた。
椅子に腰掛け、ピナコから差し出されたホットココアがテーブルの上で湯気を上げている。

「最近動き悪いからさ、近くまで来たついでに寄ってみた」
「まあ、寄りたかったんだけどね。僕達が」
「違うだろ!ただ近かっただけじゃねえか!!」
アルの失笑にエドは食ってかかる。
やれやれと弟は鎧の手で意固地な兄にかぶりを振った。

「まーたそんな言い訳を・・」
「何言ってんだお前は!!」

ピナコは相変わらずの逆転兄弟の健在ぶりに、からからと快活に笑い飛ばした。
「素直に言ったらどうだい!懐かしくて戻ってきましたとね!」
「んなこと・・・ねえよ」
「いやあるね」
「ねえっつてんだろ」
「・・・ウィンリィ!」

エドの背中が弾かれたように引き攣った。
心なし、顔に緊張が走る。
彼は胸が弾むだとか鼓動が早まるとは比喩しない。

どれも、表現するには役不足だ。足りなさ過ぎる。
何が来ても敵うものか。
異常なくらい速い、この動悸と鼓動には。


寝起きらしくまだ眠たげな青い瞳を手の甲で擦りながら、ウィンリィはリビングへと現れた。
Tシャツ姿に黒のスパッツ姿であるが、肩がずれて露出している。
見留めたエドはなぜか不機嫌さを増幅させ、アルを怪訝に横目で見遣った。
「ん〜・・・おはよ・・・・て、エドとアル。おかえり〜」
半眼のウィンリィはずれたTシャツを肩にかきあげながら、あくびを一つ噛み殺した。
途端、ほっとしたエドは、気を取り直し気安い口を開いた。

「んだよ、今起きたばっかりかよ」
「うっさいわねー。忙しいのよ最近。そっちこそ、帰ってきてと思えば・・なにイキナリ兄弟喧嘩してるのよ」
「寝坊女にいわれたくねーよ、っていでっ!!」
「はっきりいいなさいハッキリ!!」
ぼそりと呟くエドに、勢いよく飛んだスパナにエドが倒れた。
交錯する怒鳴り声とヤケクソな笑い声。



「二人ともまぁ元気がいいねー」
「違うよ。あの二人は特別なんだよきっと」
「昔からそうだからね」
「そうそう。ウィンリィと結婚するしないであんなにムキになってたもん。兄さん」
ピナコは愉快そうに小さな体を揺らせ、アルはしみじみと兄と幼馴染の仲のよさを語りつつ、手渡されたオイルで取り外した鎧の頭を磨いている。



肩を怒らせて罵倒する同い年のくせに自分よりも背の低い少年を前に、ウィンリィは仁王立ちした。
互いの頭の芯に目線を配り、やはりにんまりと笑う。

知らないで良い。
アンタは背さえ伸びればそこそこ端正な顔で、大人になればきっと女に言い寄られるくらいの容姿になるだろうなんて無駄な予測は。
ウィンリィは本心と真逆の言葉を口にした。
名残か頬が少し赤い。


「あー、やっぱエドは今日もちっさいわねー」
「あ?ンだと!?」
編まれた短い三つ編みがふわりと揺れる。
ウィンリィは至近距離にまでその顔を近づけると、驚いたエドが僅かに身を退いた。
それ一つの動作に、胸が妙に痛い。
これしきで傷つかない。そんなはずはない。
泣き虫なんかじゃない。

私は強いから。
彼女はあえて無視し、表面上、軽妙に口端をつりあげた。

「ちっさいっていってんのよ。あたしよりもね!」
「・・・ってめえ!!」
本気で怒り心頭のロイをがたいの良いアルが仲裁に入り、浮かした足をじたばたさせる兄の体を引き止めている。

ウィンリィは口は微笑ませておいて、目元は少しだけ寂しそうに眉根を寄せる。



小さいくらいが丁度いいのよ。
だからまだアンタに振り返るのは私だけ。
アンタが成長するまで。
私の身長を、惨めなくらい追い抜かしていってくれるまで。
期間限定の特権があっても、私に文句はないでしょう。



それともそのままでいてくれだなんて我侭、アンタには残酷すぎる?

私だけの小さなアナタ。










fin.



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さわやかムリ!ムリ!!レフリー、カウントなしでgive up!
エドの背はちっさくてもいいじゃないかという話。婿でもなんでももらってくれるから安心なさい。
多分ウィンリィはそんなこと気にしないし気にするような玉じゃないのよ!
でも実際、男の子は相当身長にはコンプレックスあるらしいですねー。
いいのにね。可愛いし。エドが大きくてもなんだか変だし。(豆がいいのよ!)