朝日に霞むは軋む音。 寒月に愛されるは沈痛な悲哀。 ああ、願わくば願わくば。 「いろは」 エドの派手に破壊され尽くされたウィンリィ懇親の一品である機械鎧の修理は案の定深夜にまで及んだ。 毒づきの一言でもくれてやっても彼女の献身ぶりには釣りが来る。 と、ウィンリィは確信している。 「ああもう!なんでアイツはこんなに壊してくれるのかしら!」 無残な姿をランプの元に晒す機械鎧に、ウィンリィは盛大な溜息を漏らした。 部品を解体し、どの箇所、どの間接部分が破損したのかを逐一検査し、リストにガリガリと書き込んでいく。 時々無性に腹が煮え繰りかえり、鉛筆の黒鉛が折れたのは一度や二度ではない。 お陰で常時数本予備を待機させる習慣までついてしまった。 「全く!機械鎧なんて繊細なモノを何だと思ってるのよ・・・・・!」 深夜、一人呟いているのは寂しさを紛らわせる為だった。 ピナコもデンも寝入り、アル、エドも作業の邪魔になるので部屋に引き払っている。 邪険にしたはいいものの、ウィンリィは一人が苦手だった。 いや、はっきり言えば嫌いである。 本人は悔しがって絶対に明言しないだろうし、ピナコは鼻で笑って済ませてしまうだろうが、一人は大嫌いだった。 「泣き虫ウィンリィ」とはかつてよくエドに呼称されていたものだが、それは今も変わらず感受性が強いお陰で涙もろい。 「えーと、B−8の部品は・・と」 ようやく欠如部品を部品棚からリスト順に取り揃えた。 後はひたすら気力と根気と改良を重ね、エドの腕に合うかどうか、までの形完成を目指すまでだ。 集中して何時間ももう休憩を取っていない。 ウィンリィは何か温かいものでも飲もうかとランプを手に、寝ぼけた頭でのろのろキッチンへと向かう。 一人は、嫌いだ。 「眠い・・・」 掘り起こされる陰鬱な悪夢を手軽な言葉で振り払う。 夜は嫌なことばかり蘇らせるから、夜も好きではない。 なのに大好きな星は夜にしか見えないのだ。 昼間にも見えればもっと好きになるのに。 「・・・・・・・・・・・う」 ダイニングの前を通りかかったところ、馴染みの声が耳に入ってきた。 彼女は首をかしげて立ち止まる。 「・・・エド?いるの?」 深夜ということもあり、極力足音を押さえて彼女はダイニングへと足を進めた。 暗室に橙のランプの灯りが薄ぼんやりと家具を照らし出す。 鮮明に耳に入るのは幼馴染のうめき声。 「エド?どこ・・に」 不安に駆られながら、ウィンリィは周囲を見渡し姿を探していると、長いすの上に翳りを見つけた。 うなり声を上げ、もがき苦しんでいる。 「・・・・エド!どうしたの!?」 ウィンリィは焦りを押さえ、すぐさま走り寄った。 長旅で過労でも患ったのならば医者を呼ばねばならないし、悩みがあるのならば少しでも力になりたい。 しかし予想を裏切り、その人物は長いすの上で健やかな寝息を立てていた。 しばらく硬直する。 「・・・なによ、バカエド」 心配して損した。 安堵の息に、脱力するウィンリィ。 少し大人びた笑顔に成長を感じつつ、なんだか駆け寄ってきた彼女自身もバカらしく思えた。身の置き所がない。 「・・・・紛らわしいのよ!」 とりあえず手持ち無沙汰にエドの頬をひっぱってみた。 思ったより頬は伸びず、触れてしまった頬骨はやはり想像よりも大人びている。 なぜか気恥ずかしくなったウィンリィ、は一人照れ笑いを浮かべた。 バカっぽいなと自覚しながら。 と、エドの体が突然跳ね上がった。 続く悲痛なうめき声。 「うぁ・・あ・・ぅ」 顔は苦痛に歪み、逃れるようにエドの足爪が長いすを掻いて音をたてる。 被っている毛布を震える手で握り締め、体が震えている。 ウィンリィは普段にないエドの、苦しみにのたうちまわる姿。 「エド・・!エド!!」 居ても立ってもおられず、必死に手を握り締め名前を呼んだ。 額に汗を滲ませ、か細い声でうなされるエドは、普段意識して避けている言葉を口にした。 ウィンリィは、はっと息を呑んだ。 胸をかきむしり足掻くエド。 歯が力いっぱいくいしばられる。 「・・かあ、さん・・アル・・ごめ・・」 目じりに垂れる一筋の雫。 ウィンリィは熱くなる目頭を堪えようと必死になった。 またエドに泣き虫だと笑われてしまう。 それでも零れそうになる涙を隠す為に、堪らず俯いた。 寝ているエドが目を覚ましてしまっても、顔を上げれば笑顔でいられるように。 「バカなんだから・・ホントに、アンタは」 エドの手を握り締めるウィンリィは、より力を強めた。 すると握り返される手。 彼女が驚いて顔を上げると、エドは涙を流したまま再び静かに眠っていた。 「エド、大丈夫よ。私が傍にいるから」 ウィンリィは精一杯の微笑を浮かべて、そしてまた嗚咽を喉で殺した。 ああ、願わくば願わくば。 罪への報いが、つかの間の眠りの中だけでも安らかでありますように。 罪も痛みも、少しでも和らげて上げられる力を、わたしに下さい。 fin. ---------- 「いろは」=「母親」。 別にHNにあやかった訳でもないのよ。(そんなド厚かましい!) エドが悪夢にうなされる回があったので、書いてみました。 結構あるんじゃないかなそういうの。 OPみたいな無邪気な笑顔の裏にしょってる苦しみを、ウィンリィは少しだけでも分けてほしいと 思うのよ。きっと心配してるから。 恋というか友情というか家族というか、そういう親愛が色々ない交ぜになった感情、という設定だったり。 エドもウィンリィもまだ気付いてない感じで!燃え!(笑) |