朝目覚めたらベッドから転げ落ちて頭を殴打していた。
腰だけは白のシーツに足を掻き、散らばった金髪は床の木目をなぞり、朝日にその光沢を輝かせている。
誰からの遺伝だとは誰に問わずとも知れているので、綺麗だとは思わない。憮然としながらのそのそと上体を引き揚げると、お化けみたいに長髪が顔を覆うようにかぶさった。
うざったそうに頭頂へ指で梳き上げれば、幾分幼さを含んだものの母親譲りの端正な容姿が覗く。つまらない思考は切り上げ、改めて夢の回想をぐるぐるとめぐらせてみれば…一人頬をほんのり染める。
なんて昔は恥ずかしくも大っぴらにそんなことを弟と堂々と言い争えていられたのだろうか。恥ずかしい奴。
頭をかかえる。今の今まで忘れていたというのに、内心畜生と毒づいて、またごろんと寝転がる。
どうせなら思い出さなきゃよかった。ああ、睡魔に潜る合間にいつのまにやら昇った太陽は、そこそこ高い位置に顔をだしているのだから、存分に寝坊してしまったのだろうと適当に見当をつける。
バカな記憶なんで忘れようと努めていたら、ぐうと腹の虫の鳴き声が静寂を打破してしまい、ふいに、ああ、しっかしそういやウィンリィは覚えていると言っていたし、アルもそうだと。
…また思考はリバースし、エドはごろごろもんどりうった。
「あ、あんなはっずかしいこと記憶されてんなんて…!」
激しい頭痛がする。今となっては、アルと凶暴な幼馴染を争奪戦だなんて思いも寄らない。
というかできない。大人になったような、つまらなくなったような微妙な感情が押し寄せて、面白くない、とエドは口をへの字に結んだ。
不可解な感情だ。つまらない、だと?
(訳が分からん…)
大体ウィンリィなど、恋愛対象から除外、されているはず、そのはずで、そうでなくては何かが壊れてしまうというか。
いや、だがしかし…、嫌な、とても嫌な一矢が眼前を猛スピードで通過した。
なぜだか心がざわりと騒ぎ、陰鬱な気分に陥ろうと足を自ら踏み出す一歩を、エドは無視くれることで拒絶する。
「いや、俺は今そんな場合じゃねえんだよ…!」
黒のタンクトップの胸布を握りしめ、歯を食いしばった。
今はアルの身体を取り戻し、自身の腕を取り戻す。その一点にしか余裕という余裕が割けぬはずであり、またそうでなくてはならない…。
と、非常に彼女についての考えと途中までは酷似していることに気が付いた。
なぜ酷似しているのか――――そこでエドは考えることを放棄する。
徒労だ無駄だと、思い出したからだ。
「あいつ、男いるんだっけか…」
ぼさぼさの頭をまざくりながら考える。
機械鎧が朝の寒波が接着部分の神経を逆撫で、腕、足の神経という神経が悲鳴をあげる。エドは歯を食いしばる。どうして神経という奴は、体中に連結しているのだという事実を身をもって知らされる瞬間はありがたみも何もなく、ただ忌々しい。
激痛に一人ベッドの上で痙攣を起こしながら、無様に転がる肢体に既に熱を持ち始めた朝日を浴びるエドの腹がまた
空腹に軋む。
「ぐぅ…」
収まったかと気を緩めればまたこの怨嗟の仕打ちが始まる。
俺は何やってんだろうな。言いようもなく虚しく、されど涙を流す感慨すらも浮かばず、客観的に冷視する自分の目を感じ、彼は悔しげに目を瞑る。それすらが降伏だとは理解していながら、手持ちに何もない、
何もないではないかという懺悔に似た感情が噴出し始めると、もうどうしようもなくなる。

「誰、か…」
バン!
いい加減に開け放たれた自室の扉から見知った少女が姿を現した。
ウィンリィ、だ。エドは拍子抜けし、なぜか痛みは忘れた。胸を巣食っていた虚無感もだ。
「お、おい!ノックくらいバカ!!」
どういうことだ。滲んだ汗を身体を丸めて押し隠し、さっと腕で拭う。
ウィンリィはよほどご立腹らしく、容赦ない足取りで一直線にエドへと向かってくる。理由は分かりきっている。
「なぁーに、ぼやーっとしてるのよ!おきなさい!」
「うっせえな…」
エドの脳裏に、ある噂が過ぎる。まさかと鼻で笑ってはみたが、背には冷や汗が吹き出ていた噂。

―――――ウィンリィちゃんね、いい人が見つかったみたいなのよ。

「んだよ、お前男いるんだろ!そいつ起こしにいけっての!!」
「はあ?いないわよバカ」
即答であった。
「そうなの……か………って?」
ぽかんと間抜面を晒してエドが呆けて見上げると、ウィンリィは鼻を鳴らして腕組んだ。
「あんたバカな夢でも見てたんじゃないの?あーのーねー!私は今機械鎧の修行で忙しいの!それが今は恋人!」
余裕なんてないわよ!とさっぱり気性そのままに言い切る彼女に、エドはうろたえつつも、不器用に言葉を紡いだ。
嘘つけとか、ここまで決意が固い彼女に告げれば逆上されるのが幼少から着々と培われた体験談の一つであるので、エドは素直に引き下がる。
彼女は嘘がつけないバカ正直な女なのは、エド自身がよく知っている。ふうと安堵した。なぜだかは分からない。
「そ、そか。今、は?」
「そうよ。今は」
分かってるでしょう?アンタも。
あたし達の沈黙の約束くらい、昔から言ってたでしょう。
ウィンリィの瞳がスペルを紡がずとも糾弾している。エドは瞳を細めることで、応答を返した。
「まあ、…あんたが背が伸びるくらいになったら、『今』が終わりそうだけど?」
「背!?あんだと!俺をバカにしてんのか?」
「くやしかったら見返してみなさいよ〜」
「待ってろよ!機械鎧をお前がもっと軽くしたら、身長だって伸びるもんだよ!」
「分かったわよ!」
悪態を応酬しながらも、二人の視線は通い合い、口元は穏やかに笑みを刻んでいる。互いへの応援歌であった。
エドの神経の捩れはまた息を吹き返し、腕や足が痛んだけれど、彼は笑みを絶やすことはなく耐えてみせた。彼女の力が彼に授けられたかのように、叛逆の力は何倍にも、何十倍にも膨張して軋みを温かな何かがゆったりと満たしていく。不思議な感覚、そして忘れかけていた感謝。

「…サンキュ」
エドは呟いて、寝転がったままウィンリィの手を握りしめた。












「…で、でもよ。お前ホント、待てよ。男作るなよな…」
「何それ。独り言?」
「そのつもり」
「はあ!?バカ冗談でいったのに!それに、で、ででかいわよ!」





/独り言








>久しいエドウィン。無駄に長い。まとまる余地なく書いてたので微妙…こじつけくささがプンプンします。