夢を。
夢を見ていました。
幼い少女が夜空に瞬く星を手に入れたいと願うような、途方もない浪漫に満ち満ちた一人の少女の夢です。

それはきっと、少女がとてもとても小さく、何でも手に入れられるとまだ素直に願っていられた頃のお伽話でした。






「beautiful dreamer」






日暮れに最初に見え始める星。
それが一番星だよ、と母親に昔教えられたことを、ふと思い出した。
夢の中にいる私ですら懐かしさを禁じえないのだ、普段の私はこんな些細なこと、とうに忘れているに違いない。
太陽が赤々と燃える空の下で輝く星を見上げる。
こんなに些細な出来事、そのはずなのに。
忘れてしまっていたことがなぜか今の私には少しだけ、寂しく感じてしまうのはなぜだろう?


小さな私が大きな私を振り返って微笑みかける。
「おねーちゃんにお願いごとはないの?お星さまはねぇ、願い事を叶えてくれるんだよ」
そう言うと、小さな私はめいいっぱい背を伸ばして夕暮れの中でひときわ輝く星を指で指し示した。


しばらく小さな私が示す一番星を、大人になった私はぼんやりと見つめていた。


脳裏で少女の言葉を反芻する。
本当にそうであればいいのに、とリザは思った。
もう二十数年を生きた彼女にとって、ロマンはもはや架空でしかない。
星に願えば、イシュバール戦のような悲劇は起こらなかっただろうか。
苦い過去も、すべて帳消しになるのだろうか。
そんな訳はない。だからそれは「現実」なのだから。

何も言えず、リザは困ったように、ただ笑った。


誰もが夢見たまま、純粋なままではいられないのだ。
意志を問わず、年を経て、大人になればなるほどに。
無垢な瞳が大人になった私の姿を映す。
その背後には、赤が去り、闇が包む無限の星空。

なんて私は綺麗なところにいるのだろうか、とリザは今更に気付く。
少女越しの星空に、思わず見惚れた。


「お願いことは、なぁに?」
幼い私は再度訊ねる。
瞳が私の中の何かを糾弾しているようで直視できない。そのどこまでも澄んだ瞳に見透かされしまいそうで恐ろしい。

私がこんな綺麗なところにいてはいけない。
随分前に、あの人の傍を歩くと決めた日に、夢見ていた小さな私とは、既に道は違えたから。


だから今の私はあっさりと言った。
「ないわ」
「あるよ!本当のことを言わないとだめなの!」
小さな私は涙を目いっぱいにためて訴える。
どうしてそんなに必死なんだろう。小さな私は。

「おねーちゃんのお願いごとは、なぁに?」

答えられない。私は寂しく微笑んでやることしか出来なかった。
だって、叶わないことは分かっているから。分かりすぎているから。
私のただ願い。
私は、あの人の。





暗い寝室の中、白いシーツがずりさがったベッドの上。
二人が絶頂を向かえた後、しばらくリザの上に倒れこみ、汗を垂れ流したまま息も絶え絶えだったロイだが、いっそ驚異的ともいえる回復力で瞬く間に復活した。
彼女の「やめてください」という言葉を無視して首筋に舌を這わせる。
このくらいでへこたれていたら彼女は一生抱けない。

本当に拒絶するならこちらから仕掛けたキスの時に、絡められる舌を拒絶するなり、唇を噛むなりすればいいのだ。
そうしない限り、この男はリザを抱き続ける。


しかし突然力の抜けた肢体には、さすがの彼も驚いた。
「リザ?」
痕を残していた鎖骨から顔をあげ、体の下の女を窺う。
「おや、眠ってしまったのかい?」
わざと勘に触るような軽口を叩いてみるも、返って来るのは予想だにしない沈黙。
「・・・・・・・」
「・・・リザ?」


耳を澄ますと、聞こえてくるのは健やかな寝息ばかり。
・・・・・・据え膳があるのに、おあずけ?
ロイは溜息をついた。
断念した彼は彼女の上から退いて横にすべり入ると、すやすやと眠るリザを腕に抱き込んだ。
この走り出した下腹部の熱をどうしてくれるんだと途方に暮れる。
毒づいても仕方がないが、今度この借りは倍返ししてもらおうと、胸内で勝手に決め付けた。



腕の中の彼女の顔を覗き見る。
普段よりも、ずっと幼く感じる、彼女の無垢な寝顔。

ベッドの中では説得力がないのか、はたまた彼自身がそうなのかは微妙なところだが、いくら賛辞を口にしても他の女とは違い、声音冷ややかにつっぱねられてしまうのだ。
無論、当人は冗談で言ってる訳ではないのだが。
嘘を見破るのが上手い彼女に限っては、それも尚更。


線の細い面立ちに少し開いた木の実のような紅い唇。

・・・こんなに可愛いのに。
自然と頬が緩んでくる。
きっと今の彼を見ても、リザは顔を赤くさせながら、嘘だ嘘だと言うに違いない。
彼の言葉が真実だと一見して分かるほどに、今のロイの端正な顔立ちは柔和で、慈しみと安らぎに満たされていた。
彼女には、自覚症状というものが足りなさすぎる。
この安らかな寝顔の威力を知らないから、そんな口が叩けるのだ。


リザの頬に優しく指を滑らせる。
ロイはリザの耳たぶを起こしてしまわない程度に、そっと甘噛んで囁いた。

「愛している」




それでも、私はなけなしの、途方もないその浪漫で祈ってしまうのだ。
願わくば、あの人の一番大切な人になれますようにと。
彼はきっと鼻で笑って一蹴くれるに違いないのに。





fin.




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間接的な愛だよねこのロイアイ。
面と向かっては「愛」を囁かない大佐の少しながらの逆襲というか。
ロイアイ処女作だったりするのですが、改訂しすぎてかつての残痕はあんまりありません。
R13くらいでしょうか今回。あんまり中学生の方にも胸張ってオススメできるもんでもないのですが。すみません。
書くと無性に謝りたくなります。すみません。