硝煙の香りが鼻を塞ぐ。
死の芳香が脳髄をひき裂く。
背中には安堵のぬくもり。





「 Life and death are opposite sides of the same coin 」





軍部に対立する組織は徹底的に潰してかかる。
より肥大する前に、より団結する前に先手必勝の心根で殺しにかかる。
しかしよもや殺しにかかった輩が逆に絶体絶命のピンチに陥ってしまうとは、なんたる無様。
ロイ、彼にとって路傍の石となるはずの、いやそうでなければならない奴等相手に 現実には引けばたやすく千切れるだろう、彼と部下の生命線を握られていた。


露出する岩肌に身を隠し、銃のスロットルを回す。
全弾を確認。

次にロイは発火布を両手に装着し、一方は敵の目に晒されぬようひた隠した。
戦術的に有効であることは度重なる激戦でとうに実証済みである。
不気味な沈黙。

後数秒それは続かず、唐突に空気が跳躍する。
相手方からの突発的な発砲が始まった。
断続的に続行され、退いた足元に危うい角度で穿たれる。
粉砕される礫塵は発砲の轟音に合わせて舞踊り。

一秒、一秒。

舞う舞う死の薫り。
命を消す砂塵が陽気に饒舌を孕んで歌いだす。

「ヤバイ・・かなこれは」
「そうですね。その通りです」
リザが感情のない声で言った。
そこには緊張もへったくれもなく、どちらかといえば彼女としてはとっとと帰って愛犬に餌をやりたいのに、という使命感の方がよほど熱烈に感じられた。



そこに、場違いな能天気な声が飛んだ。

「大佐ー、いつまでこんな茶番やるんスか?」
ハボックの声がはるか遠く、実技訓練場の扉付近から到達してくる。
彼の肩にはライフル。
装填されているゴム弾が足元に飛散していた。

「少尉!あがっていいわよ」
「はいー。おつかれしたー!」
リザが声を上げると、ハボックは疲労の色濃い顔で肩をぐるぐる回しながら訓練場を後にしていった。

日もそろそろ沈みかけている。
リザは桃色のバレッタを外して頭を振ると、金糸が夕日を舞った。
再び手早くまとめる姿に、ロイはまぶしそうに目を細める。


「もう今日はいいでしょう。多分、今日は徹夜でしょうし着替えも取ってきたいので」
「ああ、鍛錬はこれまでとしよう」
そっぽを向いてロイは寂しげな蚊の音で受け答える。
「・・・大佐?」
「もっと真剣にやった方がいいと思うよ。君は」
「ですが、実践訓練は2時間前に終了していて、これは大佐の我侭で行われた演習ですので。 休憩もなしに」
「ならば付き合わなければよかっただろう」
寂幕とした面持ちで吐き捨てるロイに、リザは鼻を笑わせた。


「付き合わなければ、貴方は今にも死んでしまわれそうでしたので」
「・・・なんだそれは」
「いえ、独り言です」
「それにしては大きすぎる独り言だな」
「大佐に似たのでしょう」


リザは青の色彩の強い軍服の土ぼこりを叩き落とすと、颯爽と訓練場を去っていく。
君の彼方には消え失せる太陽。
明日の朝には昇る太陽。
小さな女性の背が語る慰めに、ロイは乾燥にのたうちまわる喉を鳴らして高笑いを上げた。
リザも背後で聞こえる彼の笑い声に口元を軽く微笑ませる。



嗚呼、愛憎と似つかわぬ恋情よ。
私を殺れるものなら真っ暗な明日の切っ先を突きつけてみろ。
私の背中には触れれば牙を剥く女豹がいるぞ。

死と君に背中合わせ。






fin.


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お題の「背中合わせ」が変貌して今回の話となりました。
ロイアイは書きやすい、というかまるで趣味ピッタリなカップリングです。
今回の訳文。
Life and death are opposite sides of the same coin.
(死と生とは背中合わせ。)
ラスト英文入れようかなーとも思ったわけですが、「死と君に背中あわせ」というフレーズが
ふうっと思い浮かんで、そっちの方がロイくさいやとこっちにしました。

射撃訓練場があるんだから、実技訓練場もあるんだろうと勝手に憶測。
どうでもいいんだけどチャゲアスの「say yes」題材に何か書いてみたいな。
車のCMでたまたま流れてた(5秒前くらい)んでそう思った。好きなのsay yes。

ちょっと隠してみたのは二人のアイコンが正にこの話通りだったから。
遊び心もあるんだけどね。