風呂に入るまで君に届くまで。





「bath」





留めの一言を刺すまで君は折れないつもりか。


「待っていてくれ」
静かに、しかしながら不機嫌そうにそっぽを向いてベッドに腰掛けるリザにそう告げると、ロイは足早にバスルームへと駆け込んだ。
何か泥作業をしたでもなく、別段汚れている訳でもない。
ただそうしなければ彼女がもしかしたらいなくなってしまう気がして、それが習慣化してしまっている。
ただそれだけのことだ。

バスルームの真白なカーテンを手早く引いて鋼の蛇口を捻ねり、
しばらく冷たさが肌に馴染むまで仕方なしに体の震えを無視し、しばし全裸で調節を利かせる。
冬場であるが故に、この待ち時間はどう理屈をこねられようがなんといっても堪えがたく、軍人だろうが一般人だろうが階級、身分の区別もなく寒いものは寒い。

鳥肌がぷつぷつと出始めたところに湯気が立ち始め、ようやく日焼けた肌が待望の温かな水粒を浴び始める。
勢いの良い水流が頭から流れ、ほどよく均整の取れた胸を伝い、ひきしまった大腿部へと一筋、二筋、そのうちに幾筋も幾筋も本数を数え足元の排水溝へと渦を巻いていく。
目がしみるので瞼は閉じたまま、不機嫌な顔ながらも、待っていてくれるだろう優しい女の名を呼んでみた。


「リザ!」
狭いタイルのシャワールームに反響し、大声が余計に声が拡張される。
ロイは狙いが定まった、とにやりとほそく笑む。
続いてドシドシと男らしい足音が近づいてきて、白さばかりが強調されていたカーテンに影が落ちた。

「ちゃんとまだ居ますからそんなに大声で呼ばないで下さい!」
女の声にロイは瞼を開けた。
蛇口を捻り、湯水を止めて少し開けたカーテンから顔を出して愉快そうにちょいちょいと手招きした。


「たまには一緒に入るかい?」
「結構です」
即決拒絶するリザにロイは身振りつきで大仰に溜息をついた。

「君以外ならみーんな喜んでくれるのだがね」
「そんなお決まり・・・・クソ食らえだわ!」
誰にいうともなしにぼそりとリザは言い切ると、カーテンを手早にぴっちりと幕引いた。

追い返されてしまった一方のロイとくれば、落ち込むなどという可愛げは一切なしに、ただ幼気なリザが可笑しくて可愛らしくて、彼女の機嫌を損ねると知りつつも次第に腹のよじれは高まり、遂には笑いはじめてしまった。

「はっははは!確かに君にはあまり似合わないのかもしれない」
「それも随分失礼な発言のような気がしますが」
「まぁいい。そこにいてくれ。それくらいなら構わないだろう?」
首を竦め、呆れ声でリザは言った。
「そんな、子供みたいに」
「いてほしいんだ。私が。寂しがりでね」
本当の寂しがりは、そんなことをいかにも弾んだ声では言わないと思いますが。
半眼のリザは、肩を揺らす影を睨めつけながらも再度問い掛ける。

「本当に?」
「本当に」

まるで子供のおままごとの様な問答をさせておきながら、ロイは鼻を鳴らした。
君がうんと頷く選択しか持てない優しさを確信、いや盲信していて、そしてその信仰は十中八九見初められるというのに、私はずるがしこくも君にねだる。
軽く君は溜息をつき、そうしてきっかり三秒後にその毒づいた赤い口を開くのだ。

私は実のところ本当に寂しがり屋だが、なかなか人には、まして他の女にすら吐露できずにいるから、せめて君にだけは丸ごと真実を打ち明けよう。



だから風呂に入るまで君に届くまで、私が出てくるまで。
君を抱きしめるまでは傍に。





fin.




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いやー。「彩」更新じゃなくてごめんなさい。
書いてるんですが、現在色々あって作業中断中。
ロイアイあんまりに更新ないんで、短篇だけさっくりと更新しました。
この話、多分2月初めに書いた古いものなんですよね。
そんだけ溜め込んでるということです。雨話も同時期に書いてましたねー確か。

最近はエドウィンも活発なんでなかなかですが。とにかく彩!彩をね!