マスターから取り上げたボトルから、後一滴残滓を残すばかりのグラスに黄金色の酒を一方的に注がれる。 バーカウンターにべっとりと伏せたロイは、組んだ腕の上に顎を乗せた。 「まぁ飲めって。明日久々にお互いに休暇じゃねぇか。あ、酔った後のことなら気にするな。 仕方ねーから俺の家に一晩くらいは泊まらせてやるよ」 そう言って、悪友のヒューズ少尉はからからと快活に笑った。 再び満杯で目の前に置かれたグラスを半眼で見つめたまま、ロイは微動だにしない。 「もしかしてもう酔いつぶれてんのか?まだグラス2杯しか飲んでねーだろうが」 「お前、わざと言ってるだろう」 機嫌悪そうに眉を顰めてロイは、渋々といった様子で酒をあおる。 キラキラと輝くヒューズの目は、さながら極上の標的を狙うハンターそのものであった。 的と化しているロイは、隣席からの好奇の視線を感じ、ますます嫌そうに口元を歪める。 「酒場論争」 それは軍部の人間による誤ってのイシュバール人銃殺の事件がまだ起きたばかりの頃。 軍属としては異例の出世スピードを万進するロイ・マスタング中尉は、ヒューズ少尉を伴い―――もとい、不本意ながら男に連れ去られ、店内に彼らの定席も決まりだし、そろそろ常連となりつつある喧騒とは無縁の物静かなバーを訪れていた。 ロイはなぜ彼女できたての身分のヒューズが彼を誘ったのか大体の見当はついていた。 持ち場が他に比べれば近隣にあるとはいえ、決してヒューズからしては近場ではないロイの司令部先に、企み顔で連絡なしにわざわざ出待ちしていた彼だ。 あれを聞かれないはずがない。 いや聞かれる。絶対に確実に聞かれる。 根掘り葉掘り、それはもう色々と。 ああそうに違いない。 考えるだけでうんざりしたが、逃げる口実が見つからずに素直についてきてしまった自分自身にも嫌気がさした。 適当にでっちあげておけば良かったのに、どうしてこう純粋に育ってしまったのかと悔やまれる。 毎度饒舌にのろけてくれるヒューズにいつもより格段に少ない相槌を打つことでガードを強め、ほとんど黙々と酒を飲んでいた。 ただし、量は控えめに。 ほろ酔い気分時に危うく突っ込まれては、防御姿勢をとっている意味の元も子もなくなる。 酒が回ってきたのか普段の二倍増しに陽気なヒューズが逃げ腰のロイの肩をひきよせた。 「ロイ〜んな堅くなるなるこたぁ〜ねぇだろが!っつーかお前肩硬いな!肩こりか?」 「お前が触ってるのは骨だ。いいから放せ、気持ち悪い」 「そりゃそうだ!どうせならヤローじゃなくて俺のグレイシアの方がいいってもんだな!」 肩から離された手がそのまま背中をバンバンと叩かれたお陰で、酒を飲んでいたロイがむせかえった。 ヒューズを睨みつけるロイ。 「おい!」 「はっはっは!すまねぇな!つーことで!!」 何が「つーことで」だ、と反論しようとした矢先。 なぜか嫌な予感がして、ロイはすかさずその場を逃れようと立ち上がったが時既に遅し、ヒューズが情け容赦なく核心に迫ってきた。 「お前の彼女のこと聞かせろ!」 「知らん!断じて知らん!!」 ロイは構わずバーを出ようとするも、酒を少量しか呑んでいないにも関わらず予想外に足元がふらついた。 その隙にすかさずヒューズに捕まり、結局は元居た席に引き戻されてしまった。 カウンターに立つマスターにヒューズがウィンクを飛ばすと、マスターは黙ってグラスを磨く手を休めて親指を立てる。 二人の親睦を垣間見ると、ロイは脱力してカウンターに伏っした。 「お前たち・・・グルだったのか」 「そういうこと。もうあきらめろ!はっはっは!」 次の酒が気前よくロイのグラスに注がれる。 ロイは組んだ腕に顔を埋めたまま、ヒューズとマスターを目つきの悪い眼で恨めしげに見遣った。 「お前の彼女って、あの娘だろ。結構前の事件で被害者だった、金髪の美人さんじゃないのか?」 肩が瞬間ピクリと震れたが、彼は依然沈黙のままだ。 ヒューズは親友の様子を横目で窺い、鼻で笑った。 「あーはいはい、男は黙して語らずってか?違うって、その態度こそがバレバレなんだよ」 「・・・・お前はいちいちうるさいんだ。だから言いたくなかった」 観念したのか、組んだ腕の隙間から物憂げな眉目のみが覗く。 ヒューズはひげをさすり物珍しいものでも見るように親友に軽く微笑する。 「違う、珍しいから言ってんだよ。女好きなのはそりゃあ昔からだが・・でもこんだけ女事でお前が寡黙なのは珍しいからな」 「別に・・・そうでも、ないさ」 不貞腐れて、ロイは強い酒に当てられてか頬を紅潮させて吐き捨てるように呟く。 普段の自信家ぶりは見る影がなく、本音を吐かされる彼は、まるで駄々をこねる子供のようだ。 ヒューズはグレイシアを思い浮かべながら独り心地る。 だがしかし親友を比喩えてそう思うことは、馬鹿にしている訳でも、まして自身に身に覚えがないわけでもなかった。 実際にある。 現在進行形でヒューズにも存在しているものだ。 共有している者が、そして親友であるロイであればこそ尚更にそれは嬉しかった。 「あの女たらしのロイがな〜ここまで本気になるなんて信じられんよ。なぁマスター?」 「全くだ」 どこで聞き耳を立てていたのか、少し離れたカウンター端から声が返る。 「別に今までが本気じゃなかったわけでもないさ」 ロイは心外そうに、批難がましく反論する。 今までロイ・マスタングという男は、彼と知り合ってからヒューズが知る範囲内では、数ヶ月も長続きした女などいなかった。 このバーに来る度に違う女性の名を呼び、「あれはいい女だ」と饒舌に褒めちぎるだけの日々が続いていたのだった。 ある程度付き合えば欠点も見えてくる。 これだけ軽薄に美点のみを言いつくえる相手だということは、さほど深遠な仲という訳ではないなとヒューズは毎度感じながら 話に付き合っていたのだ。 それがどうしたことか、ある事件の被害者である少女と出逢った数ヶ月前から、ぱたりと付き合っている女の話が出なくなった。 軽口で別の女の名を口にすることは相も変わらず度々あったものの、遂に今日の今日まで、ロイは彼女の名すら口にすることを拒んでいたのだ。 つまり、それだけロイは。 ふっと破顔したヒューズは丸い氷をグラスで転がしながら、結露しガラス表面から流れる雫の一筋を親指でなぞり上げる。 ロイは押し黙ったまま、じっとヒューズの仕草を見つめていた。 「その彼女、本当に大切なんだな」 「・・・・女性はみんな好きだがね」 ひねくれ者が照れ隠しにぼやく。 「軽口ばっか言ってると、終いには愛想尽かされるぞ」 「もう尽かされてるよ」 居心地悪気に頭を掻きまわすロイ。 「名前は確か・・・リサ、だっけか?」 「リザだ!」 「へぇ、リ・ザね!了解しました中尉!」 しまったと罰の悪そうに口を押さえるロイと、敬礼ポーズでニヤニヤと下世話に笑うヒューズ。 目線を落とし、手元のグラスを所在なげに握りしめる。 尋問される側とは、正にこのような心境なのだろうな、と頭の片隅で苦々しく思った。 「で、そのリザちゃんはどんな娘なんだ?俺は回されてきた書類しか見てねぇから、おぼろげな顔しか分からん」 「・・・かなりの無愛想だ。無表情が多い気もする」 「意外だな。お前さんがそういうタイプが好みだとは、初耳だ」 「俺自身だってそうだ」 「はぁ?」 思わずヒューズは素っ頓狂な声をあげた。 ロイは居たたまれなくなり、乾いた喉に酒を流し込む。 「意外でたまらないよ、自分でも」 ヒューズが益々訝しげな顔をする。 「なんだぁそれ。じゃあなんで好きになんか・・・」 「知らん。分からん。だから俺が不思議なくらいなんだ」 矢継ぎ早に言葉をつないでカウンターに空になったグラスを打ち付けた。 あの事件で犯人グループの本拠地に突入した際、部屋で一人静かにうずくまり、真っ直ぐに彼を見上げる少女と交えた瞳。 たったその一瞬で、炎使いがまさか逆に心を焼かれてしまったなどと、そんな恥ずかしいこと、誰が言えるか。 我ながら阿呆くさい喩えに虫唾が走り、ロイは内心で吐き捨てた。 next? ----- 一気に浮かんだ妄想の形がこのような模造(というかほとんどパラレル)な過去話となりました。 ヒューズさんが生きている時代。 そしてまだイシュバール人との本格的な戦いが行われていない頃の話です。 リザが公式本で「ある男性の為に軍に入った」と断定してあったので、書いてみましたが、いかがでしょうか。 ・・・というか、リザの跡形すらないのですが。これでいいのロイアイ? ロイの若かりし頃、ということで一人称を「俺」にしています。実は。 |