貴方の傍にありたいと思わせる、その理由。
サボり魔で色魔で女酔わせの男を守りたいと願う、その言い訳。
ご大層な大義名分でも得分でも、万が一にもあるならば。


どなたか私にご教授ください。




「apology」





珍しく暇を持て余していたロイは、君だけが花だ救いだとブツブツリザに文句をたれつつ、部下を伴い、 洒落たバーにやってきていた。
無論、遊びにきているのではない。
酒を飲みに来たのだ。
痴話喧嘩話でも惚気話でも自慢話でも酒の肴は尽かないが、尽きないのも問題だと思う。



「おい・・もうそろそろいいだろう」
思いっきり嫌そうな顔で、開放しろ、とうんざりロイが頭を振ると、酔いの回ったハボックは快活に笑い飛ばしてあっさり無視しきり、次の話題へと一石を投じた。

ロイの抗議の声も酔いが都合よく正当化してくれる。

「にしても、大佐の女好きも限度ってもんがあるよなー」
「そうですね、お名前をよく聞きますからね。複数の女性から」
普段穏やかで比較的控えめな曹長が黒ぶち眼鏡に真っ赤な顔で、饒舌に舌を滑らせた。
「ああ有名ですね。軍部でも女性を取られた、という噂もちらほらと聞きますし」
酒が回りながらも比較的冷静なコメントを述べるフェルマン。

我が身の話題に、瞬時にして背に嫌な汗が吹き出た。
物静かに横に座っている女に異常はないかと目線のみ走らせる。
いたって落ち着いた様子で、リザはカクテルを口に運んでいる。


今のところは変わりないリザに、一旦安堵するロイ。

いや、だがしかし。
ロイはそこで思いあぐねた。
しかしポーカーフェイスの上手なリザだ。
本音と建前に多少差異が生じても不思議も非もない。
危ない。

ロイは火の上の綱渡りをするような心地で判断を決め、邪の蛇と化したハボック達から、なんとか言い訳をつけて逃げ出さなければ、と汗ばむ手を握り考え始めた。
浮名は腐るほどあるロイだが、一部誇張された定番の下世話デタラメ武勇伝まで彼女に暴露されてしまってはたまらない。


「おい、もう私は帰るぞ」
「えー大佐ーまだ赤くないっスよ?」
別にそこまで飲む必要も理由もなかったが、ハボックはなにやら呑んでもらいたいようだ。


酔いは分かち合うが吉。
素面は真面目が凶。


「そうですよ、らしくもないです」
「豪快に行くべきですよ!ほらもっと注いで!」
とうとう他の部下まで囃し立て始める。
よりにもよって猛者どもに食われる襲われる!とロイが顔をひきつらせたその時。



「大佐、確かご用事がありましたね。出ましょう」


押し黙っていた女が突然行動を起した。
ロイは意外そうに目を見開く。
「・・・・用事?」
怪訝に訊ねると、リザの鋭利な刃物を思わせる眼が彼の微弱な酔いを仕留める。
続いた苛立たし気な舌打ちに、ようやくロイの合点がいった。


「ああ、そう、そうだった。もうそんな時間だな」
「えーなんですか大佐ー?また女っスか?」
下世話で率直過ぎる質問に、上司もいい加減激昂を覗かせたが、機転よく引っ張られたリザの腕にロイは危うくも気を削がれる。

リザの青い瞳が甘さの欠片もない光で訴える。
冷静に。
冷静になりなさいと。
見つめる射止める惚れさせる。
そんなに熱っぽく見つめられては、ご期待にそえない訳にはいかないだろう?
ロイはせせり笑ってみせた。

「そう、だ。お前ら風情はここで飲んだくれてろ」
「女泣かせはやめた方がいいですよー相手が可哀想ですから」
余計な一言にピクリと血管が浮いた。
リザがまた無言の強制力を発動させて腕を引くと、我に返ったロイが困ったように失笑する。

「しっかりしてください」
彼との付き合いは、馬の手綱を握るジョッキーの心地にきっと似ている。
リザは呆れた小声で囁いた。

ロイは苦笑をくれてから、すっかり絡む蛇と化した部下たちに捨て台詞を吐いた。
「みんな人は可哀想なものさ」
「誰の名言っスか?」
「私の経験論さ」
「それは信憑性高いっスね」
「ああ。世界一だ」
背中に引っ付いてくる戯言を微笑で振り払うと、リザに腕を引かれ、ロイは店を後にした。






「助かったよ」
「いえ、私もそろそろ出たかったので」


謝礼すると、リザは早足でロイの前を歩いていく。
ふくみ笑いを浮かべ、小走りでリザの隣に追いつくロイ。

全く素直じゃない。可愛い気はないが、愛しくはある。
だからこそ彼女か、とロイは微笑した。

「良い口実にはなったかい?」
「そうですね。ですが私は貴方の口実も作りました。ですからこの貸し借りはゼロです」
「君は借りを作るのが嫌いなのか?」
「好きではありませんね。返さなければなりませんから」

梳けば指どおりの良さそうな金髪が月光に照らされる。
輝く光沢、白い肌。
肝の据わった彼女は、今宵も颯爽と風を切る。
ロイは黒のロングコートをはためかせ、保たれる曖昧な距離を詰めようとリザに近寄る。

「じゃあ私は借りだらけだな」
「前貸しです」
肩に目でもついているのか、また一定の距離を置いてくるリザ。
ロイは可笑しげにまた擦り寄った。
少し縮まる距離。

「何の前貸しだい?」
「大総統になった時に特別手当付きでお支払いください」
ちゃっかりしている。
未来を見越したなんたる計算高さと貪欲さかとも思ったが、ロイはそこに信頼を絶対的な実感する。
手のひらでこうも喜ばされては上司としてどうなのだろうかとも思うが、これも「前貸し」の中に含まれている。
そうに違いないから、今は、今のささやかな抑揚感も無償だと都合のいいように解釈した。


ロイは歩きながら半月を見上げる。
しかし、どうして彼女は?
浮上する疑念と純粋な好奇心。
ロイは心なし甘えた猫撫で訊ねた。


「どうして君はそこまで尽くす?」
「誰にですか」
「無論私にだよ。他にいたら燃やしてやる」
「・・・・・」
女好きは軍部の誰にも引けは取らぬが、嫉妬深さも準じている。


「どうしてだ?」
沈黙を肯定と受け取ったのか、優美な微笑をたたえ、更に訊ねてくるロイ。
肯定はできない。
しかし気の利いた否定も出来ない。
沈黙するしかリザに選択肢は残されていなかった。

なぜならば、それは真実だから。

ロイの瞳に色香が帯びる。妖しい、危険な魅惑の漆黒。
ああ、貴方の視界は今私が独占している。
他の何も見えず、聞かず、ただ私の返答だけを待っている。

彼の希望通りの、好みどおりの言葉を?

冗談じゃない。


「すべて私の自己満足です」
「・・・じこ、満足?」
予想だにせぬ台詞に目を丸くするロイ。
「ええ。貴方の傍にいるのも、貴方の言葉を聞いているのも、貴方の性欲処理に付き合うのも、すべて私の自己満足です」
「そ、そうか」
「そうです」

ロイはすっかり気勢を失い、しばし気の抜けていた体でぼんやりと頷いていたが、ようやく鮮明に錬金術師には必須とされる聡明な頭を取り戻した。
食うつもりが食われた、と実感しながら。


リザは意味なく胸を張って月下の元で肩眉をつりあげた。

私が貴方の思い通りに?
貴方に言い寄る女達のようにか?
ふざけるな。
全く冗談じゃない。気色悪くて反吐が出る。
私はそんな可愛げのある、融通の利く女じゃないことは骨身に沁みてお分かりでしょうに。


「なにか反論でも?」
「・・・アリマセン」
「結構です」

胸を張るリザに、やはりロイは思い通りにならない彼女が好きだと感じ、慈しみたいと感じ、きっとだからこそ抱きたいのだとも願う。
罪悪感をも一緒くたにしたこの歓喜。
凛と傍らでリボルバーをぶっ放す君を抱き寄せて口付けを捧げたとしても、それは私の将来のツケに回るわけで。

「さて」

だから今だけは、抜けたはずの酒が無茶な理由をも正当化してくれる。


「どうする?」
「どうしましょうか」

惚ける君の唇からはアルコールの甘ったるさ。
欲に忠実すぎる貴方の唇からはほろ苦いアルコールの匂い。


ヤワな温かさと熱っぽさに今宵酔狂が目を覚ます。









fin.




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*70000万打フリーロイアイ話です。切るなり煮るなり、ご自由にドウゾ。(改変は困りますが)
*掲載の場合は「system23」の銘を入れてください。


「apology」 = 「言い訳」。

今回は私の「ロイアイ像」炸裂でした。
やっぱり尻に引かれてるようで、実は押し倒してるロイ。
あれー?なんだか何気に美味しいな。(笑)
私の毒は生粋らしく、何回書いても抜けないようです。
私的には「リザがロイのジョッキー」というトコがとくに楽しかったですね。
手綱は彼女、走るは僕、みたいな純情さが好き。

この話を、ちょこっとでも楽しんでいただけていれば良いのですが。