ほらほら、今日も変わらず月は天高く昇ってゐるよ。
絶対的に私の手の届かない、遥か彼方の暗闇で。





「ああ、怖い怖い、怖いねぇ」
「ふふ・・・何がよ?」
紅い紅い肉感のある唇が横目に動くのが見えた。
ついでに首筋に吸い付いた残痕、無数の花弁がはらりはらりと名の知らぬ、
いや記憶にあるにしても実質覚えているのは脳味噌ばかりで彼の不可侵領域は決して侵さぬ程度の女が先ほどの情事がまるで嘘のように身支度を整え、ソファに妖艶な笑みをはえ腰掛けている。
目に留まる雑音は唇のみ。
唇唇唇。
たおやかに弧を描くラインが、光沢が、紅の色がただあの女に似ていた。
理由などそれだけで夜を明かすには十分だった。
夜な夜な一人惨めな自勺に与すよりは、よほど生身の女の方が良い。





「 Love addict / men 」





均衡が崩れる瞬間の音色というのは想像するよりもずっと甘美で、予想外に鉄の匂いもしたりするのだと人生において、多分今日初めて学習した。
そう思えば、口内に広がる血の味も感慨深く思えてくる。

「・・・った・・」

唇をがぶりと噛まれた。
薄く膜が捲りあがり、濡れ濡れと僅かな出血がロイの口端から形の良い顎に滑り落ち、血がつうと伝っていく。
目線を上げた真正面には壁にかけられた鏡なんかが上手い具合にあったりして、美女ソファに押し倒して口から一筋血を垂らす端正な容姿の男、というのはなぜかヴァンパイアを連想させるな、などと思いつつ、ロイは組み敷く細い肢体から見上げてくる針の視線を軽やかにかわした。


いや、まだこれが冷ややかな針なのか歓迎の熱視線なのかは判然としないが、知るのも正直まあ怖いが―――とりあえず彼女、リザ・ホークアイとの接触では、今が記念すべき初回を飾っているというわけだ。

現在明確なのは、女性にキスして拒んだのも彼女、リザ・ホークアイがまた記念すべき一人目を飾っただというだけの、そういうつまらない事実のみだった。


「急に何ですか?」
冷静に、その実は分からないがとにかく冷静そのものの彼女は、
飲みにいった後私の部屋で飲みなおさないかと上司に誘われ、あまりにも簡単にやってきた彼女に散々甘い言葉をひっかけるも、案の定―――本当に愉快なことに、そこまで上手くはなかった。


「何って・・・君があんまりはぐらかすからだよ」
「貴方は分かりにくいんです」
「あれだけストレートに口説いていたのに、どういうつもりかな?」

ただし「好き」とか「愛してる」などとは他の女にくれてやるほど安売りはせず、とにかく甘えた言葉を口にしていたものの、どういうわけか彼女はこれでも分かりにくいとのたまう気でいるらしい。


「私にとって貴方はそういうのではないんです」
「・・・上司としてかい?」
「蹴り飛ばしますよ」
「分かってる、分かってるよ」
そう言いながらロイはリザの真白な首筋に唇を触れさせ、抵抗する気もない手首をわざわざ押さえつけて
軽く吸う。

私は君にとってつまりは安に『男』ではないと、そう言っているわけだ。
だというのにまるで傷つかないのは、リザが跳ね除けようともしないのはなぜだろう?

「じゃあ私は君にとって何だ」
「上司です。軍部の、途方もない野望を抱えた上司」
僅かにリザの息が荒くなるのを耳元で感じるも、ロイは構わず襟元に手を這わせ肌を指で掻く。
「では・・・君は?」
「私、私は、ただの部下・・貴方の手駒の一つです」
「夢にも思わないな」

ロイはどの女にも見せない、限りなく優しい笑顔をみせると、待ち望むように少し開かれ色づくリザの唇にキスを落とす。
控え気味に押し付け返された、この柔らかな感触は、私の気のせいだろうか。
それとも私が私に見せる願望の幻なのだろうか。


か細い腕がロイの首に回り、天井を見つめながらリザは微笑んでそっと目を伏せる。






fin.





ふー。朦朧とした頭でなんとか書きっぱなしの文を仕上げました。
長い、文は長くないけどなんとなく難しかった・・。
私ロイアイとは言え、上司部下の関係は崩して欲しくないんです。
下手な馴れ合いというか、そういう絶対的な一線は男女間とはいえ原作通りどこか一歩譲ってて欲しい。
均衡が言葉なんですよ。そこがなくなったら命令のみが通用する上司と部下じゃいられなくなるというか。
死ねと命じるようなこと同然の命令だって、ロイがリザに下すことは決してありえなくはない訳で。
私の中でのロイアイはこういう感じです全体的に。

何打ってるんだか分かんなくなってきた・・!