へなへな、とキラは路肩に座り込んだなり石造のように一切の動作をとめた。
存在を認証させるものといえば僅かに上下する肩と白い吐息、足回りに山積みにされた―――買い物袋である。
(もう限界だ、色々限界だよトリィ…)
自宅にトリィトリィと鳴きながらさんざん子供たちに追い掛け回されているだろう友人に涙交じりに思いを馳せながら、微妙に嫌な痛みを訴える喉の調整に一つ咳払って、様々な要因が積載して出来上がった疲労とえへん虫を退治しようとしてみたものの逆に冷気が気道に吸い込まれて派手に咳き込んでしまった。
「キラー!」
ラクスが陽気に手を振っている。
足を包んだ黒のブーツでぴょんぴょん飛び跳ねる仕草は18歳とも思えぬ無邪気さで、なんともいえぬ感覚に襲われて「…はーい」と彼女に吸引されたかのような干乾びた覇気をなんとか喚起させてどうせ人ごみで小声も聞こえないだろうなあと思いながら返事の意味合いも含めて手を振った。
彼女と久々の二人きりの外出ということで、護衛もなしに自由にこうして歩き回るのも情勢が傾いていた少し前まで御法度とされていたし、いくらラクスがそれを望んだとてマルキオ導師もキラも反対の一手に終始していただろう。
で、あるから、こうして彼女がはしゃぐのも無論言及する余地もないと言いたいところだが。
「あらあら、これもあの子にどうかしら」
『ハロー、ハロー!』
「…なんていうかなぁ〜」
がりがりと頭を掻いてキラはすっかり買い物に余念のない彼女を見遣って、複雑な心中のないまぜになった笑わずにはいられるかという自棄気味の微笑みを浮かべる。
年末ということで俄かに活気ついた界隈を賑やかな場所(=楽しい場所)で服を買うも帽子を買うも靴を買うも、キラは文句はこねない。
こねないが、
「キラー!これミーアにどうでしょうか?」
「……いいんじゃないの」(という笑顔を浮かべてにっかと親指を立ててみる)
「良かった!ワンピースがほしいと言っていたようですし、きっと喜びますわ〜」
ぱちんと手を合わせてにっこりするラクスに、せめて今日くらいは自分の物を
購入するに専念してくれるといいのにと、途端に笑みを顰めてはあ〜と哀愁深げに嘆息する。
自分のことは二の次。
どうやらマルキオ導師で共に暮らし始めて徐々に理解し、今となっては
骨身にしみて首肯できることなのだが、そういった犠牲精神が本人の知らぬ間に根底に息づいているらしい。欠点と美点は紙一重だとはこのことだろうか。
(いや、いいことなんだけど。折角なんだから今日くらいはねー…)
子供たちのはみんな一緒で普段どおり買い物に出ればいいのだし。
寒風に押されて、身包む黒いコートの首元を窄めて芯から凍える手に息を吐いてみると多少マシになるも鳥肌の真顔は変わらない。
数十分前まではラクスのお供として役目を果たしていたのだが、男が女の買い物から逃げるのは万国共通、人類共通の習性らしくすっかり路肩に待機組として構えているのだ。
どさどさと積み上げられる荷物は、先ほどからも順調に高みに上り、これもって帰れるんだろうなと冷や汗をかいてしまうほどの荷物を横目でちらりと見据えて、瞬間的に不可能などないんだと自分にとくと言い聞かせる。

「お待たせしましたー」
「ううん、平気へいき」
ラクスが両手に抱えた紙袋に顔が埋まっているのを内心また半端ないなと先を憂慮しつつ、足掻きに打算を働かせてみたりしていると、ラクスは少し得意そうに胸を反らして微笑みながら、手のひらをキラの眼前に
差し出して、
「はい、キラ。こんな風に両手を出して?」
「?……ああ、ん」
言われるがまま広げると、温かい硬質が強張った肌を収縮させてびくんと跳ね上がる。
じんわりと染みこんで来る優しさに、キラは震えが休まっていくのを感じながら頭を上げて窺った。
「…これは?」
「寒かったでしょう?ごめんなさい、付き合わせてしまって。それしかこの辺りにはなくて」
丁寧にお辞儀までしたラクスから手渡された缶コーヒーの角のかけた丸みに五指を這わせて、地面を見つめる。
気分を害したかと不安げに身じろいだ彼女のブーツを見つめながら頬を染めて、あんまり可笑しくてラクスがあっけにとられるのも構わずくっくと声を立てて笑いだした。

「君の欠点すら好きなんだって。これからどうなるんだろうね僕は!」







fin./足の先まで



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あけましておめでとうございます!
今年もこんな感じで、なんかお送りしたいなあ。なんて。
適度に力抜いてユルくいきます。さながらナマケモノのように。(差し迫れば俊敏になるそうです)
皆さんにとって2005年がいい年でありますように。


いろは寅拝