「キラ。お前、ラクスと上手くいっているのか?」 奥手なアスランがいつにもなく真摯な眼差しで訊ねるので、キラはしばし瞠目し、そして変な顔をした。 「なに、熱でもあるのアスラン」 「そんなものない!」 ずずずとキラは可愛いウサギ柄のついたコップに入ったカフェオレにさしたストローを吸い上げながら、上目遣いに見つめてくる。幼年学校時代もその愛らしさからやたら女の子に好かれていたり、女の子に間違えられたりしていたキラは似合いすぎるほどウサギ柄が似合っていてまあいいのだが、 「ごめん、今食事終わったばっかでもうこれしかないんだ」と困り顔でキッチンから出てきた彼が手にしていたのは、…しかしこれはどうにかならなかったのか。 アスランは半ば空ろに手内にあるこれまたウサギと対らしい、ファンシーなクマ柄のコップに注がれたブラックコーヒーを揺らしていた。傍目からは知れないが、彼としてはクマ柄のコップを使用することに抵抗があるらしく、いまだ気難しい顔を崩さない。波々と揺れる黒面に端正な顔を映しながら、親友を案じる彼は言葉を続ける。 「心配なんだよ……お前達、いつでも一緒にはいるけど、その…」 この先はさすがに口の出しすぎかとも気遣いに憚られて、アスランが口を濁すとキラは何やら察したのだろう、ずずずと吸い上げるキラが、ふっとストローを離して呟いた。 「僕たちそんなプラトニックな関係じゃないよ」 「え」 「大丈夫だよアスラン。いくらアスラン達の前で君たちほどいちゃいちゃしてなかったり出迎えのキスとかしてなかったりしても、僕も男だし」 「…………………」どうして知ってるんだとは、賢明な彼は口にしない。 「あ、もちろん生理的に辛いから!とかじゃないからね。ちゃんとラクスは好きだから」 「………なあ。この場合は『そうか安心した』と言うべきなのか?それとも『お前そんなことベラベラ平然と言うな!バカ!』と怒るべきか?」 「うーん、どうなんだろうね。『安心した』じゃないのかな」 ずずずとキラは底まで一気に飲み干して、他人事みたいな口ぶりでガジガジとストロー口を歯で噛む。 「…あー。じゃあ、安心したよ」 アスランは投げやりに言い、キラは可笑しそうに忍び笑いを浮かべて頬杖ついていると、ある深刻な問題に行き当たり深刻な表情を刻んだ。急に肩をしなだらせ、腕に力がなくなりふらりと上体が傾げ、ぺとんとテーブルに頬をつける。唇にはまだストローが挟まったままである。 「…キラ?」 『ス――ッ!』 応答代わりにやる気のなさそうな空気砲が音を立てた。空気を送り込まれたストローの曲がった部分がメトロノームのように振れている。アスランは半眼で、さて放置するかキラの面倒をみるべきかと若干前者に針が動いたものの、 右往左往瞳をぐるぐるさせた挙句、…結局はこうなるのかと自らの面倒見のよさに嘆息しつつもアスランは『面倒をみる』を選択し、言葉をかける羽目となった。 「………なんだどうしたんだキラ」 「ひょうひていっひょにはひっへふれはいほははー」 「いいからキラ。ストロー離せ!」 解読不能の人語を操るキラからいい加減溜まった疲労に頭を痛めながら、アスランがストローを抜き取ると、気に入らなかったらしく頬を膨らませてしぶしぶ体勢を起こした、と思いきやまたくたりとテーブルに顎をついてしまう。 どうやらキラはよほど自分一人で勝手に思いついて勝手に思い悩んでいる事項によほど仕打ちを受けているらしく、どこかむくれて拗ねを決め込んでいる。『甘ったれ』とアスランに指摘された由縁である。 「お前は変わらないなぁ。昔とちっとも」 失笑交じりに口を開けば、不貞腐れたキラがむっと返答をよこした。 「アスランも変わらないよ。今も昔も」 「そうか…………そうだな、…きっと」 感慨深くアスランは正面の甘栗色の髪が、2年前から伸びた親友を優しく見つめる。 幼少時、忙しかった両親に預けられたキラ宅で過ごした日々を回顧し、ああ、俺はキラと兄弟同然に育って、そして出逢ったと思えば殺し合い、憎みあって。こうして穏やかな中で再びキラと談話を募れようとは思いもしなかった。現在も兄弟のような間柄は変わりなく、ただあの頃と比較すれば幾分愛する女性についての話も互いに漏れ出るようになった、というところでは成長したのだな、などと思える。多少情けなさも浮上して、アスランも落ち込みそうになったが。今も過去も、キラの相談相手になるのはやっぱり変わらぬらしい。没収したストローをウサギ柄のコップに戻す所作すらキラは恨めしげに(八つ当たりだろう)追尾するので、アスランは記憶からの相乗効果もあったのだろうが、少し郷愁に襲われた心地のまま、首を傾げて訊ねた。 「で、さっきなんて言おうとしたんだ?」 「…んー。それなんだけどね」 キラは頬をかきながら、キラは神妙な面持ちでアスランに相談する姿勢を構えて言った。 「ラクスに昨日、お風呂一緒に入らない?っていったらなんだかどさくさ紛れに逃げられちゃって」 「………そうか」 アスランは、なんと返したものかと思いながら、とりあえず何も言わずキラが淡々と溜息つく様をぼんやりと注視した。 「あ、泡風呂なんかいいよねー。それとなく切り出したのに。何がいけなかったんだろ。押しが足りなかったのかな…」 「……………………」 しばしの沈黙の後、アスランはさあ、俺はラクスじゃないから分からないな、とだけ言い放つと、クマ柄のコップのコーヒーに手をつけた。熱はすっかり冷めていて、渋い顔でキラの眼前にコップを突き出して怒気を露呈した声で 「淹れ直してこい!」 静かに告げると同時に、 「今度ラクスと一緒に旅行でも行こうかな…それで一緒に入って…」と遮るようにキラはのたまった。自己問答で解決したらしく、何度か頷いて明るい顔をし始めるキラ。 反撃すらかわされたアスランは、…もう、なんかどうでもいいやと不味いコーヒーを放棄すると、泡風呂がある場所って、と思いついた瞬間に、そのまま固まってしまう。 キラは楽しめそうだなあ、と嬉々として頬を染めた。 /兄弟 |